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アールグレイの日常  作者: さくら
東方見聞録
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言霊

 ワシの名は、フルリーフ・ドアーズ。

 トビラ市の東方ギルドのギルド長をしている。

 ワシは、今までギルドに入社以来、庶務畑を勤務しており、荒事には縁がない。勤続40年、見ためが年齢に追いつき、最近では抜かれつつあるのか、年齢を言うと、お若いですねと返される。

 はははっ…。

 今年で60歳、来年の3月には定年退職だ。


 思い返せば、ギルドの受付から、庶務畑一筋、経理、補給、許可事務にも異動したが、最後には庶務課に戻ってきた。

 銀星三の庶務課長として異動して、最後の御奉公だ。

 銀星三と言えば、軍隊の階級だと大佐に該当する。

 むろん、ワシにはそんな実力も実績もない。

 定年前のギルドからワシへの最後の花向けだろう。

 ありがたいことだ。

 最後の名誉職と階級だ。あとは定年まで、静かにゆっくりと勤めあげよう…。


 などと思ってたら、急きょギルド長に抜擢されてしまった。

 階級も一つ上がって金星一だ。

 ビックリだ。


 どうやら、昨年からのキームン、ドアーズの確執が表沙汰になり、ギルドに仲裁依頼がきたが対処できず、ギルド長が行方不明になり、次いで副ギルド長が退職した。

 要は、逃げ出したのだ。案件を投げたとも言う。


 そこで新たにドアーズの中で一番地位の高いワシをギルド長に据え、副ギルド長にキームンの息のかかった者を任命して対処することになってしまった。

 ワシ一応は、伯爵を拝命してるけど、実家は没落してるし、他のドアーズ姓のものは遥かに遠縁で面識もない。ドアーズで一括りにされても、ワシには何もできんわい。

 しかも、対処するための配置が裏目に出て、ギルド内部が真っ二つに割れてしまった。

 主だったヘイロンとドアーズを中心とした新規有力者らを呼び出し話し合いをさせるも、上手くいかない。


 ワシの勤続40年ギルドで失脚することなく生き抜いてきた知恵を絞りだす。

 こんな時にワシどうしてたっけ?


 ああっ、そうだ。正解は解決できる人に任すだ。


 しかし残念ながらわがギルドに、そんな人材はいない。 

 口ばかりのヘタレだけしか居ない。


 善人も多々はいるが、圧倒的に実力が足りない。

 いなければ、依頼するしかあるまい。


 西ギルドが評判が良い。金星、銀星も多数抱えている。

 よし。西ギルドに依頼だ。

 凄腕の将校をたのむと。


 凄腕の将校は直ぐに来た。

 何と頼んだ明日の朝には来た。

 

 対処の早さにビックリした。

 これが落日のギルドど日出ずるギルドの違いか。

 天体の運行とは真逆で笑えるわい。


 ワシの部屋の扉が急に開かれ、入って来たのは、二人の少女だった。一人は今年ギルドに入社したてのダージリン君。

 利発で聡明、なにより思いやりと勇気を持っている。ワシは10年に1人の逸材と見てる。

 ワシ自身は、才能も実力も無いのに、人を見る眼ばかり肥えてしまった。

 自慢ではないが、40年も人を見てると、その人の人柄や実力が初対面でも、ある程度わかる。


 もう一人は、ギルドのレッドの制服に身をつつんだ黒髪の少女だ。ギルド員なのに見覚えが無い。

 でも分かった。

 ワシが西ギルドに頼んだ凄腕の将校だと。

 なんせ眼ばかり肥えてしまったので初対面でも、ある程度人柄や実力が分かってしまうのだ。



 実はワシには特殊能力がある。

 魔法でも無いし、嗅覚が優れているわけでもないが、ワシには、危険の香りを嗅ぐことができるのだ。

 危険な香りとは硝煙の匂いで、その方向に向かった者は確実に死ぬ。その確率は、なんと100%

 ワシが40年間、ギルド内で生き残れたのも、この危険察知能力があったおかげである。

 その匂いがレッドの制服の少女から微かに漏れている。


 まずい。人からこの匂いを嗅いだ時は、非常にまずい。

 ワシにはこの匂いを振り撒く人間は人に非ず、死神に見える。

 その死神がワシらの方を見て笑った。


 …怒っている?!

 


 ワシは、世の中には絶対怒らしてはいけない人がいることを知っている。

 普段は、絶対怒らない何をされてもニコニコと笑っている、優しい慈愛の人のことだ。

 そういう人は絶対に怒らしてはならない。

 だから、ワシは誠意を持って対応している。


 この少女からは、ワシが昔知っていた優しい慈愛の人だった人物を彷彿とさせる雰囲気がある。

 確実に絶対に怒らせてはいけない人の一人だ。

 その少女から、きな臭い危険な香りがジリジリと漂ってくるのだ。


 …怒ってる。顔は笑ってるけど、絶対に怒っている。

 

 気分は火薬庫の中で煙草を吸ってる気分だ。

 気が遠くなりそうだ。


 少女から名前を問われる。

 「両名共、名を名乗れ。」

 凛と鈴を転がすような声が響く。それは胸を打ち、心に染み入るように理解した。

 ワシは自然に正直に答えた。


 だが、この後に及んで何の危機感のない副ギルド長が逆らって暴言を吐き、少女に詰め寄る。


 このど阿呆がぁ、死ぬ気かお前。


 少女の杖が床を叩く音が、響く。

 「頭が高い、こうべを垂れろ。」

 鈴の音を転がすような綺羅な声、神気と魔道の二重音声のような不思議な声だ。

 生き物の意志を斬るような波動が刹那に流れた気がした。


 …


 途端、副ギルド長の膝が崩れ落ちるように床に着き、身を投げるようにして上半身が前のめりにドウッと倒れた。

 そのまま…ピクリとも動かない。

 その姿は、少女に向かって土下座して赦しを乞う姿に見える。


 だれも動かない。


 ワシも動けない。


 少女が、ワシに向かって歩いて来る…ゆっくりと。

 

 ああ…あなたがワシの[死]なのか。

 [死]がこんなにも美しいとは…。


 少女は、ワシの前まで来ると、立ち止まり淡々と話し始めた。

 だが、いつまで待ってもワシに死は訪れなかった。

 いつの間にか硝煙の匂いも消えていた。

 あれ?と思って漸く、少女の話しの内容が理解できた。


 怒りの鉾先を納めてくれたのか…。

 ワシは生きている、今、ワシは生きている。

 感謝の思い、生きてることへの感激、感動で身体中が震える。

 生きているということは、素晴らしいということなんだ。


 ワシは少女の言葉を逐一聞き漏らさず心に留め置く。

 

 子供を決して傷つけてはならない

 子供の未来を、大人が守り、模範とならなくては

 叱り、見守り、育むこと、与えること

 ファーちゃんのような新人に重責を押し付けるのはダメよ


 少女の子供を守ろうと純粋な思いが言葉となりワシに届く。

 その純粋な思いは、滝に打たれているかのような清々しい気分にさせた。

 最後に少女はワシにギルドの不和をまとめるよう頼み、キームンとドアーズとの確執は自分が解決すると宣言した。

 

 約束します。

 ワシは、必ずやギルドをまとめると。

 東方ギルドは、あなたに最大限の支援を贈り続けると。



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