嵐
僕は、怒らない。
怒っても事態は何も解決しないからだ。
もし、僕が怒っているように見えたとしたら、僕が未熟者だからだ。恥ずかしい、自分の怒りすら制御できないなんて。
認めよう。僕は少し怒っている。
ほんの少しだけだ。
その怒りを深く意識の底に沈める。
今世、僕は、自分のやりたい事をやろうと決めた。
それは前世の僕の願いでもある。
誰が僕を止める者があるか。いや無い。
何故なら、僕を止められるのは、僕だけだ。
後悔しても構わない。それが自分自身の意思だからだ。
怒らない。でも許さない。
子供を泣かす事は、誰であろうが許さない。
ファーちゃんに案内させて、一階奥の扉を開ける。
中は、ギルド長であろう太めの50代の男性が中央の馬鹿でかい机前に座っている。禿げで且つデブだ。
狸と名付ける。
狸は目を白黒させていた。
他に白地に金線、銀線の入った者達が何名かいる。
白地の制服はギルド職員だ。
ファーちゃんも着ている。白地にグリーンのラインだ。
ちなみに金線は最上位の階級を表す。将軍クラスだ。
金線は狸と、もう一人、対称的に細身で眼も細い、狸の横の机を使用している。おそらく副ギルド長。
狐と名付ける。
睨む。
おまえらで…あるか!
子供を蔑ろにしている元凶は。
誰も言葉を発しない。誰も動こうとしない。
だから僕から発す。
「両名共名を名乗れ。」
僕の静かな声は、波動となって空気を振るわせて相手の魂に届いたはず。言霊を乗せたからね。
高圧的な物言いは演技だ。僕は怒っていない。
一拍の空白時間が経過した後、狸が答えた。
「フルリーフ・ドアーズと言う。」
狐は名乗らなかった。それどころか、僕を指差し、詰め寄って来た。
「お前は、いったい誰だ!レッドの分際で…。」
持っていた杖を、床に打ちつける。
「頭が高い。こうべを垂れろ。」
狐をギッと睨みつける。
途端、狐の眼は白眼にクルリ変わり、その場で崩れ落ちた。
「人を指差すなど、お行儀が悪いようですね。」
子供の大事を話すのに、肩書きが大事なのか?ああ。
必要なのか?関係ないだろう。
僕はファーちゃんの実の母親ではないけれど、代わりに来ているつもりだ。
子供を傷つけられた母親に、肩書きが通用するとでも、本気で思っているのかぁ?
ファーちゃんとは、初対面だけど話してみて、本当に良い子であると分かっている。
この子の人の良さにつけ込み、一番立場の弱い子供に重責を押し付けたんだ。まるで生贄、人柱か…。
守る。
子供は守るんだ。
大人が子供を守らなくて、いったい誰が守るんだ。
前世の僕が思っていた願いを、僕が引き継ぐ。
子供を守ることは、前世の僕との約束であり、僕自身の、僕が僕であるための矜持なんだ。
だから、……絶対に引かない。
静まりかえる室内に、僕の足音だけが響き渡る。
狸のギルド長の前まで進むと、僕は、ファーちゃんの件を伝えた。いかがなものかと。なんらかの措置が必要ですよね。
次に、二つに分裂しているギルドを、責任を持って立て直して欲しいことを伝える。機能してなければ要らないよね。
更に、郷士間のトラブル仲裁は、僕が解決するので最大限の便宜を図って欲しい旨を、淡々とした口調で説明した。
当初、強張っていた狸の面構えが、話すにつれて真剣味を帯びた顔付きに変わっていった。
僕は、全て語り終えた。
「……分かった。私の責任に置いて善処する。いや、任せて欲しい。約束する。」
狸の言は、真剣に見える顔付きだけど、狸であるし、初対面だけど信用に値するのだろうか。
「search。」コソッと呟く。
パターン赤1、青8。
倒れて気絶してる狐以外は、皆青だ。しかも群青色に近い程の濃いブルー。
ファーちゃんに至っては、もう夜空に近い様な青だ。
あれ?
通常、僕に敵対意識を持たない初対面の人は、白色で表示するよう設定してある。
なのに何故?
よく分からないけど、元々ギルド職員は味方だし…。
もしかして、僕、頭に血が昇って余計な事しちゃったかな。
まあ、裏付けは、一応とれたし、良しとしよう。
「また来ます。」
狸さんに再来することを告げ、おいとますることにした。
扉方向に、歩いていく。
アッ、…忘れてた。
僕は、扉前で振り返って、皆にゆっくりと頭を下げた。
「僕の名前は、アールグレイ。階級は赤の星一つ。この度、郷士間のトラブル調停の為、当ギルドからの要請により、西ギルドから派遣されて参りました。皆様、どうかお見知りおきを。」
やっぱり挨拶は大事だよね。
返答はなかったので、僕は、ファーちゃんを連れて、部屋から出ると、キチンと扉を閉めた。