会議は踊る
うん、責任感に僕の心が押し潰されそうだ。
この場では、僕の存在などケシ粒の如く価値が無い。
電車に揺られ東方ギルドに着くなり、大会議場に通された。
広い大会議場一杯の長テーブルに対峙して、着席している面々、どの面も一筋縄ではいかない面構えの人達だ。
そんな人達が、50人位いらっしゃる。
おざなりに紹介され、上座に通される。
入った当初、一瞬だけ静まりかえったが、紹介が終わると、議場はまた喧々轟々と、怒号の嵐に包まれた。
その内容は、クソ野郎とか、殺すとか、罵詈雑言から脅しまで多種多様だ。
僕は、長テーブルの上座の辺に、ただ一人だけ取り残された。
会議場の議長席だ。
おい、東方ギルドの案内人よ。
訳が分からないのだが。
僕の周りで、怒号が飛び交っている。
僕を無視して。
30分程経つと、先程の案内人が現れ、
「皆々様、お時間でございます。」
と告げると、何の挨拶もなく次々と皆、議場を出ていく。
そして誰も居なくなった。
僕と案内人を除いては。
案内人を見つめていると、僕の前まで来ると、いきなり崩れ落ちるように座りこみ、土下座して謝って来た。
「申し訳ございませんでした。テンペスト様。」
額を床に擦り付けて、顔を上げない。
よく見ると震えている。
「顔を上げて、まず説明して。」
訳が分からない。
僕の言葉に案内人が面を上げる。少女だ。しかも僕より若いかも。
涙目の少女に、思わず罪悪感が湧き上がる。
「ほら、立ち上がって。」
手を貸して立ち上がらせる。
衣服に着いた埃を手で払ってあげる。
「テンペスト様、優しい…。」
少女は、涙目の上目遣いで、頬を上気させて僕を見つめて来る。
この子とは、初対面のはずなのに、何故か好感度MAXのように見える。何故?
「僕は、アールグレイ。西ギルドから調停の為に派遣されて来た。階級はレッド。星は一つ。よろしくお願いする。」
僕は、改めて挨拶した。
なにしろ、名前を受付で名乗っただけで、何の挨拶も説明もなく、会議場に連れてこられたのだ。
少女は、モジモジと恥ずかしそうにすると、名を名乗った。
「私、…アールグレイ・ダージリンです。」
え?
「そう…僕、同じ名前の人会ったの初めてだよ。ちょっとビックリかな。」
「私、今年成人しました。我が一族では、成人すると新たな名前を付けられます。わ、私は、光栄にも今年、テンペスト様の御名をいただく事が出来ました。私一人だけです!」
そう、そうなのデスか。
何か、とても興奮されてる少女の様子に、空返事しか出来ない。
ギルドの受付嬢もダージリンさんだ。
まさか、あの受付嬢の手の者なのか?
問いただすと、又従姉妹ぐらいの間柄らしいことが分かった。
なるほど。
又従姉妹なのに、似てないですね。
似てるのは、どちらも金髪なくらいで。
困ったのは、どちらもアールグレイでややこしい点だ。
仕方なく、彼女をファーストネームで呼ぶことにした。
彼女の名前は、ファーストフラッシュ、長いので略してファーちゃんと呼ぶことにしよう。
だって、この初々しさは、ファーさんより、ファーちゃんと呼んだ方が似合っている。
「お互いアールグレイだと紛らわしいのでファーちゃんて呼んで良いですか?」と聞くと、感極まった様な声で
「…光栄です。アアッ、テンペスト様が私の名前を呼んでくれている。夢のようです。」
いやいや、大袈裟です。
それにしても前に会ったことあったかな。
よく分からない。
兎に角、ファーちゃんに事情を聞く。
……。
ふむふむ、なるほど。
要は、旧第二天の扉市派閥と新トビラ市第7区派閥との確執ですね。
元々、このトビラ市第7区は、旧第二天の扉市と版図が重なっている地帯。旧勢力と新勢力との勢力争いは当然ある。
そこに旧勢力の郷士の娘に、新勢力の郷士の息子が懸想した。更にチンピラ同士の喧嘩。お互い引くに引けない状況から利権に絡んだ親同士が出張る。均衡した状態から更にバックに付いている貴族が出張る。
このまま行くと、全面戦争の一歩手前の状況からお互いにマズイと気づき、仲裁できる絶対的権力者が居ないことから、ギルドに仲裁を依頼するも、どちらかに与している者ばかりで仲裁できず、苦肉の策で、規律と中立公正に定評のある西ギルドに依頼を回したと。
それで、派遣されて来るギルド員が来るまでお互いに話し合いを催し決着を先伸ばしにしていたと。
ファーちゃんは、今年、ギルドに職員として就職した新人で、先輩から今日僕が着任する直前にいきなり、僕の世話を押し付けられたらしい。
僕が名前を名乗るまで、僕の名前すら知らなかったらしい。
僕の名前を聞いて、初めて僕だと気づき、緊張して先輩の言われたまま、何も説明もせずに会議場に案内してしまったと、いうことだった。
ファーちゃんは、ここまでの話を、涙目で、つっかえつっかえながらようやく話し終えた。
そうですか…。
そうですか…。
僕は、今怒っている。
ファーちゃんみたいな子供に、こんな重責を押し付けて。
いたいけな子供が、訳が分からぬまま、僕に土下座までして謝って、大人がいったい何をやっているのだ。
責任者が責任を取らず。
いい大人が、喧嘩のツケを子供に回すとは。
子供を泣かすヤカラは許されない。
いや、僕が許さない。
まずは東方ギルドの責任者は、誰ですか?
ファーちゃん、案内を頼みます。