ギルド
ギルドに来た。
あの美人の受付のお姉さんに、ニコニコしながら手招きされた。でも、にこやかな顔着きなのに圧がモノ凄いのは何故?
ん?なになに…なにかな?
不穏な空気を感じながらも受付嬢に近づくと、相変わらずニコニコ顔を張り付けながら僕を凝視して来る。
トコトコと寄って行くと、受付嬢に両手で頭をガシッと掴まれた。
な、な、何するデスかー?!
そのまま、ジロジロと頭付近を間近から見られてるぅ。
「どうしたの?その頭は!いったい…どういうことなの?」
先ほどまで笑顔だった眼が開かれている。
あわわわっ
受付嬢は、僕の頭を両手でワシ掴みしながら興奮したように、シェイクし始めた。
「誰がやったというの。誰?誰なの?許せない。許せないわー!」
待て、待つんだ、ステイだ。
誰か止めれーー。
その後、他の職員に羽交い締めされて止められた受付嬢は、だいぶ落ち着いた。
ので、髪の色が変わった経緯を、ありのまま話す。
この世界、流石に稀有な例ではあるものの、神々、悪魔、それらに近い存在が顕現することは割と知られている。
正直に話しても頭を疑われることはない。
「そう。そうだったの。私ったら、あの綺麗な金の髪が、黒く染まってるもんだからビックリしちゃってごめんなさいね。…でも、よく見れば、この髪も漆黒色で美しいわ…。」
受付嬢が、上気した頬で、髪先を触って来る。
いや、嫌ではないけれど、ちょっと恥ずかしいのですが…。
後ろに下がると、受付嬢は名残り惜しそうに手を離した。
「それにしても、報告が遅いですよ。アールグレイ少尉。」
「少尉?僕は、赤の星無しですから准尉ですよね。ダージリンさん。」
受付嬢の名札を見ながら、異議を言う。
「いいえ、間違いないですよ、少尉。昨日付けで、今回の依頼成功とアッサム伯爵からの推薦により昇任しました。昨日はずっと貴女を待っていたんですよ、私。」
ダージリンさんは、僕に新しい階級章を渡しながら、まるで、待たせた僕が悪いかのように言う。
でも、報告は端末で済ませてますし、ギルドに顔出すのは多分に儀礼的なもので、物臭な人は来ない人もいますよ。
などと、抗弁したら、何故か機嫌が良くなったダージリンさんは、まるで僕を諭すように話しだした。
「少尉、ギルドのレッドと言えば、騎士団とも渡り合える程の実力を持った存在として社会から認知されています。しかもあなたは、セイロン公爵、アッサム伯爵からの支持を受けています。貴族の顔を潰すような行動は、控えるべき。あなたは、今、ギルドの注目株。ギルドのエース級として認知され始めています。あなたの一挙手一投足を周りが見てると思って下さい。ギルドの顔として、品位を持った行動を望みます。」
なんか、淡々と説得されてしまった。
僕。ギルドの顔なの?いやいや、昇任してしまったとはいえ、数多いる将校の一人に過ぎないし、少尉は最底辺だよ。
まあ、昇任は僕の仕事が認められたようで正直嬉しい。
レッドになって基本給も旅費一泊分位上がった。
だけど、僕は、これ以上の昇任は望んでいないよ。
僕の望みはあくまで、スローライフなまったりとした生活だ。だけど人との繋がりは大切にしたい。
まあ、貴族の顔を潰すのは避けたいかなぁ。…怖いし。
あれ?なんかダージリンさんが、残念な子を見るような目で僕を見ているような気がするけど。気のせいかな。
ダージリンさんは溜め息を一つついて、端末画面を僕に見れるように差し出した。
「アールグレイ少尉、東方ギルドから凄腕の将校の派遣要請が来ています。明日、直ぐに向かってください。既にセイロン、アッサム両家からも承認を受けています。これは業務命令です。我が西ギルドの代表として、貴族の顔を潰さねよう頑張ってください。」
ダージリンさんは、最後に最高の笑顔で、ニッコリと笑った。
マジマジと、ダージリンさんが差し出した端末画面を見ると、西ギルド長による正規の命令書が表示されていた。
マジか。ああっ、見てしまった。
命令は、それを見た瞬間から発効する。
端末画面から認識完了の音が鳴ると、ダージリンさんが端末画面をサッと引っ込める。
「ちょっ、ちょっと待って。僕、一仕事終わったから、しばらくは、ゆっくりしよーかなーって……。」
「待ちません。詳細は端末に送りましたので参照下さい。健闘を祈ります。少尉。 ハイッ次の方ー、どうぞ。」
おーい…って
なんて、押しの強い受付嬢なんだ…。
僕一度も受けるとも言ってないのに、いつのまにか受けたことになっている。
ギルド受付嬢恐るべし…。
ギルド長業務命令
それは、ギルド登録している半自営業者の僕達にとって拒否は可能だ。だがあまりにもペナルティーが重過ぎる。
まずは、補助金という名の基本給の支給停止。
更に、人事記録の考課録にも赤が付く。これはあらゆる面で不都合な程、影響が大だ。
信用が損なわれ、依頼が激減、依頼料が下がる。
更に今回悪辣なのは、支持してくれた貴族の承認を得たことだ。もし断れば、まさしく貴族の顔を潰す。
…詰んでいる。この案件は、嫌でも受けるしかない。