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アールグレイの日常  作者: さくら
アールグレイの冒険
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ギャル・セイロンの日常

 アールちゃんが帰ってしまった。

 いや。違う。私達がアッサム伯爵領に帰ってきたのだ。


 あー、まるで世界から陽が消えてしまったようだよ。

 あー、私の癒しが。

 殿下も、心持ち沈みがちのようだ。


 帰ってきた殿下は、忙しい。

 どうやら殿下の有能さと人柄、評判の良さに、規定を改正して、殿下を跡継ぎにしようという動きが出てきたのだ。

更にこの度の外遊の成功によって、ほぼそれは確定。

後継者候補の一人として、仕事が次々と舞い込み始めた。


 ふふん、やっと殿下の優秀さが伝わったか。まったく遅いよ。私の殿下はこんなに可愛いくて、可愛いくて、しかも努力家で、人の為に思うことが出来る超可愛い子なのだ。

 やっと我が子の良さを世間が周知してくれたかと思うと感慨深いものがあるが、寂しくもある。

 忙しそうで一緒にお茶を飲む暇もないよ、殿下が。


 ああ、寂しいなぁ。


 クラッシュ様も最近忙しい。

 何せ、騎士団にも顔を出し、教会にも出掛け、僧坊にも行っている。しかも殿下の執事も勤めている。全兼任だ。

 更に最近は、アールちゃんの真似をし始めて神道術も習い始めたらしいのだ。

 教会も仏教にも籍を置き、更に神道まで。

 いいのか?確かに都市は八百万の神々を祀って、神様に関しては寛容だけれども、いいのか?

 コンプリートを目指しているのか?よくわからない。


 私の護衛任務は継続だけれども、伯爵領に戻ってからは、殿下の重要度が増したせいか、もう一人付くようになった。

 騎士団からの派遣の女性騎士だ。

 衛士隊からは無い。これもどうなっているのやら。


 とにかく、最近は寂しくて寂しくてつらいって感じ。


 ところで、紹介が遅れたけど、私の名は、ギャル・セイロン。トビラ都市の北辺境に位置する衛星都市を司るアッサム伯爵に仕える一衛士だ。


 

 基本護衛任務は、護衛に付いている間は、暇でありとも、忙しいとも言える。

 あー、つまり警戒してるので、常に緊張を伴っている。

 そういう意味では気が休まらず、忙しい。

 たが、具体的に作業してる訳でもないので、慣れてしまえばかなり精神的余裕ができる。そういう意味では暇だ。

 最近は、アールちゃんに教えてもらった意識を二つ、三つに割ってやるやり方で対応している。

 つまり、今だと、

 警戒に専念している自分。

 体内基礎動作を訓練している自分。

 他二つの意識を統括しながら暇な自分。

の3つに、意識を分割して増やしている。

 体内基礎動作訓練は、ダイエットに最適だとか。アールちゃんとお喋りしてた時に聞き、早速教えてもらったのだ。

 私、頑張るよ。

 そう言えば、アールちゃん、デザート毎日食べてたし、毎食普通に完食してるけど、運動したとこ見たことないのにシルエットは変わらない。その秘密はこれかぁ。

 でもやってみると、かなりキツイ。これ普通に運動した方が楽だよね。人は見えない所で努力してるのだな。

 アールちゃんみたいに24時間は無理なので、毎日1時間と決めて実践している。




 今、私は、執務する殿下の窓側にいて、警戒している。

 殿下は、座って執務に専念している。


 暇なので、体内動作訓練に入る。


 と、同時に、色々と思考してしまう。

 ああ、アールちゃん今頃何してるかな?


 ふわわっ、金髪のアールちゃん、黒髪のアールちゃん、どっちも同じくらい可愛くてぇ、同じくらい尊い。

 ああ、選べない、待ち受けをどっちにしていいのか、選べないよぅ。

 どうすれば良いのだ。

 はっ、そう言えば殿下は公用と使用の2台持っている。

 私も、常時2台持つべきなのだろうか。

 私は今、私用しか無い。外遊中は一時公用を貸してもらえたが返却してしまった。全員に配布予定だそうだが、いつになるか分からない。

 だから、この大問題は保留だ。

 なにしろ私の目の保養と心の癒しが掛かっているのだ。

 軽々しく決められない。


 殿下が難しい顔をして書類と睨めっこしている。

 難しい案件らしい。


 ああ、こんな時、手助けすることができればと、直立不動で思う。学生のときに学問を真剣に学んでおくべきであった。

 相談相手にもなれないなんて。

 基礎的知識がないと話し相手にもなれない。

 後悔しても、もう遅い。

 アールちゃんならどうするであろうか?

 アールちゃんを思い出す……もし、私が聞いたら、きっと…

 「ギャルさんが、気づいて、悔しいと思う。もうそれだけで半分以上は達成してるよ。だって一番難しい、気づきと意欲を達成してるもの。後は、聞いたり調べたり行動するだけです。ギャルさんなら、できるよ。だって行動するの得意でしょう?」はっ、なんか聞こえてきた。私の心の中に住んでるアールちゃんが答えてくれたわ。ああっ…なんて尊い。ありがとう、アールちゃん。私頑張る。私、友達から猪突猛進ギャルって言われるくらい行動力あるから、あとは詳しい人に聞いたり、調べるだけじゃん。簡単だ。凄い。アールちゃんに相談しただけで、ほぼ達成しちゃった。


 アールちゃんの動いている、歩いている姿を思い出すだけで、元気がでる。

 これは比喩ではない。

 実際、アールちゃんを綿密に観察して分かったのだけど、人間って、歩き方になどに結構、人柄が出てしまうのだ。

 これは私の持論なんだけど、歩いているのを見ただけで、どんな人柄か判断できる。

 アールちゃんの場合、特に顕著で、見てるだけでジワッて幸せが染み出しくる歩き方だ。

 なんだか分からないけど、見た人を、今日は得したなぁって気分にさせてくれる。

 見てると、アールちゃんがお人好しで暖かい人柄なのが、分かるのだ。

 何故なのか?

 観察してるとアールちゃんは僅かに笑っているのが分かった。真剣に見ないと分からないほど、僅かな違い。無表情に見えるけど、きっとそうだ。

 周りを結構キョロキョロ見てるけど、あれは警戒してるだけではない。興味本位だ。ワクワクして見てて楽しんでいる。

 驚くほど真っ直ぐな綺麗な姿勢で歩いているだけで特徴が無いはずなのに、アールちゃんだと分かる、分かるんだ。

 楽しさと幸せが、歩いた通りに振り撒かれて伝播する。

 これは私の勘違いではない。

 その証拠にアールちゃんが歩くだけで、小鳥や猫が寄ってくる。小鳥が肩に乗り、猫が擦り寄ってくるのだ。

 マジかと目を疑ったよ。

 アールちゃんが、工事現場の脇を通っただけで、いつも気難しい頑固な親方が、「おうっ、今日は早くあがるかぁ。」と突然、機嫌が良くなってにこやかに言ってるのを見掛けた時は、度肝を抜かれた。

 親方の弟子達が目を白黒させて驚き、信じられない顔で親方を見てたのを思い出してしまった。……ぷぷ。


 「どうしたの、ギャル。」

 怪訝な気配を殿下に感じさせてしまったらしい。

 「いえ、なんでもありません。…ぷっ。」

 ダメだ、笑った親方の顔が脳裏に浮かんでしまう。

 「ギャル、話して。」

 椅子ごと私の方に身体を向ける。聞く気満々だ。

 懸案事項が煮詰まってるのかも知れない。

 殿下の気分転換になるかも知れない…。


 人柄が歩き方に表れるという持論と、それが周りに影響したアールちゃんの話を、殿下に話した。


 殿下は、私の持論を真剣に聞き、アールちゃんのエピソードでは、懐かしそうに微笑み、親方の話の下りでは笑った。

 「なるほど。一理あります。でもお姉さまの場合、特殊事例なので参考にはならないかと。勿論お姉さまの話を疑う訳ではありませんが、ギャル並みの観察力が無いと、その証明は難しいのでは。主観ではなく、何かしらの客観的な数値がないと……あっ、そうか。」

 殿下は、突然話しを打ち切ると、机に向かいペンで用紙に何かを急いで記載し始めました。

 きっと、懸案事項の突破口を思いついたのだと、思う。


 私は、余計な口を出さず、傍で殿下を静かに見守った。

 なにせ、私は殿下の話し相手になれるほど優秀な護衛の衛士だから。


 …暖炉から薪が燃え落ちた音が聞こえた。




 窓際に来ると、冷えるなぁ。


 実は、歩き方に人柄が出る事に気がついたのは私だけではない。あれだけ分かり安い例が身近にいるのだ。

 あの人が気づかぬはずがない。

 そう、クラッシュ様だ。

 そしてあの歳にして、なお進取の気性に富んでいる。

 真似せぬはずがない。


 クラッシュ様を普段から見ていて気づいたのだが、あの方はまず形から入る。形に拘り、徹底的に真似するのだ。

 そこまでは、まだいい。

 最悪なのは、そこからアレンジが入るのだ。


 私は見てしまった。

 それは、アッサム領衛星都市に着いた日のことだった。

 

 「ギャルよ。上には上がいるものだな。我輩は井の中の蛙であった。此度の事で、我輩未だ大海は知らずとも、空の蒼さ、深さを知った。まだまだ未熟である。」

 私は、ギョッとした。

 ハッキリ言って、クラッシュ様より強い人は、この衛星都市内に居ない。断言できる。

 トビラ都市においても、多分5本の指に入る程の強者だ。

 その強さは、もはや都市伝説と化している。

 青空を見上げて目を細めるクラッシュ様。

 

 嫌な予感がする。

 強さの頂点に君臨している方の謙虚なお言葉に、私の心は戦々恐々だ。

 突っ込めない。突っ込み所満載なのに突っ込めない。

 何故なら、クラッシュ様は至極真面目に言っている。

 真剣なのだ。

 嫌な汗が吹き出てくる。


 「ギャルよ。我輩は、まず基本から直していこうと思う。最初は、あのテンペスト殿の歩法だ。立って真っ直ぐ歩くというのは存外難しいものだ。あのテンペスト殿の直立歩法は、当たり前の様に普通に歩いているように見える。しかし、その当たり前に歩くことは難しいのだ。我輩は、アレを初めて見た時、戦慄した。テンペスト殿が光り輝いて見え、心臓がドキドキした。完璧な歩法とは美しいものだ。今でも思い出すとドキドキする。まずはアレをマスターする。今から訓練を開始する。」


 「え!今からですか?もうすぐ陽も暮れますよ。今日は皆帰ったばかりで疲れてますし、明日にしましょうよ。」

 いやいや、絶対止めた方がいいっす。

 なんかもう嫌な予感しかしない。


 「喝!ひよったか、ギャルよ。武の道は厳しい。今からやらんでどうする。それではいつまで経っても我輩には追いつけぬぞ。それでも我輩の弟子か、情け無い。我輩が見本を見してやる。着いてまいれ。」

 そう言って、城から続く並木大通りを真っ直ぐ進んで行く。


 この男は何を言っているのか意味不明だ。クラッシュ様の弟子になった覚えは無いし、ましてや追い抜こうなんて考えたこともない。


 「ギャルよ、テンペスト流歩行術の特徴は、真っ直ぐ歩くことに真価があると見た。我輩今から曲がることはしない。なにが来ても真っ直ぐ歩くぞ。」

 クラッシュ様は、私に向かって断言した。

 夕暮れの並木大通りを真っ直ぐ歩いて行く。

 道幅が広いとはいえ、都市の中心部に近い辺り、人通りは多い。

 普通なら絶対ぶつかるはずが、クラッシュ様の行き先の人波が自然と割れていく。

 どうなってるの?

「ギャルよ、気合いだ、気合いがあれば何でもできる。」


 しかし、なんてこった。正面から、かの青藍騎士団が行進して向かってくるのが見えた。

 青藍騎士団は、通常トビラ都市の北壁を守っているが、アッサム伯爵領衛星都市とは、地理的に近いことから懇意にしており伯爵領を守る銀狼騎士団とは仲が良い。

 今日は合同訓練の為、伯爵領に駐留していたはずだ。


 そんなことはどうでもよくて、このままでは、ぶつかる。

 訓練であっても騎士団が道を譲ることは無い。

 譲ることは負けを意味する。騎士団は最後の砦と言われる。負けることは、都市の滅亡に直結する。絶対に譲ることはない。ましてや見たところ完全装備着装の本番さながらの行軍訓練中である。おそらくデモンストレーションを兼ねているのだろう。他所の面子に拘る騎士団が、強くて知る人は知っているとしても、一坊主に道を譲ることは絶対にしない。


 そしてクラッシュ様も断言してしまった。

 この男は、相手が誰であろうとも、曲がらない、きっと真っ直ぐ行く。

 だんだんと近づいて来る。お互いに譲らない。

 このままでは、ぶつかる。


 私は、走って騎士団の先頭に居た隊長格の人に、簡略した事情を話し、お願いした。

 しかし答えはNOだった。

 なおさら譲ることは沽券に関わるとのことだ。


 もうお互いの顔まで分かる距離だ。

 もう駄目だ!……ぶつかる。


 「ギャルよ、テンペスト殿の余裕ある微笑みを忘れたか。テンペスト流歩行術の真骨頂は、敵対ではなく融和にあり!寛容な心と微笑みを忘れるな。更に我輩流にアレンジ!」


 私は、騎士達のギョッとした顔を忘れない。

 クラッシュ様の顔を見た騎士達の顔が、まるで死神でも見たかのように瞬時に顔面蒼白になっていく。

 私の位置からでは、クラッシュ様のお顔は見れないけど、この異常事態が怖くて、お顔を覗くことは出来ない。


 恐れを知らない騎士達が、逃げるように左右に綺麗に別れて行く。

 後列も、前列に倣い、左右に別れて行く。

 それは、最初から予定だったかのような綺麗な行進だった。



 騎士団が通り過ぎた後、恐る恐る私は、クラッシュ様の顔を覗きこんだ。

 …普段通りの真面目な普通の顔だ。良かった。

 「ギャルよ、見たか。…通じたのだ。我輩の気持ちが通じたのだ。これはもはやテンペスト流歩行術を会得してしまったかぁ。」


 この後、日没までクラッシュ様の行進は続いた。

 壁があろうが、家があろうが関係なく。

 だが、もう思い出したくない。


 その後、一つの都市伝説が生まれた。

 夕暮れに、ひたすら直進する不気味な笑い面を付けた怪僧に出会ってしまったら、道を譲らなくてはならない。

 もし譲ることをせずぶつかってしまったら、笑い面が、一瞬怒り面となり「ふふふっ 怖くない。ほら怖くないよ。」と言いながら、ぶつかって来た者の顔面を片手で掴み、空中に持ち上げ「どうか道を譲らせてください。私が悪かった。ごめんなさい。」と謝るまで延々と説教を続けるという。


 それは、実話です。


 最近の近況を思い出しながら、窓から、外を眺めていたら、雪がちらほらと舞っていることに気づいた。


 …どおりで寒いはずだ。


 アールちゃん、元気でやってるだろうか。

 また、会いたいなぁ。

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