帰還
…終わった。
残るは、ホテルの残骸だ。
辺りを見回す。
天穴開いちゃってるし、50階のスイートルームなど見る影も無い。床もないぞ。
49階なんぞ、丸ごとない。
48階は瓦礫の山だ。
うーーーん。
首をひねる。
これは、一見して、かなりの損害賠償金を取られるかも。
想像するに、天文学的な金額が思い浮かぶ。
あわわわっ。
途方も無い数字に、全然実感がわかないし。
よしっ。クラッシュさんに、どうすれば良いか相談してみよう。
…はたして、ローンは効くのだろうか。
クラッシュさんは、「何を言ってるんだ、不思議なことを言うね、君。」みたいな顔つきをして、僕の方を向いた。
「テンペスト殿、これは天災である。誰が何と言っても天災であるから誰も悪くない。我輩らは、ホテルのお客様であるから、お客様をこのような目に合わせたホテル側に慰謝料を払う義務が生ずる。勿論、我輩らも請求する。ホテル側は保険を掛けてるだろうから、そこから修繕費や慰謝料は補填する。何も問題はない。我輩は絶対支払わない。我輩側に有責は断じてない。崩落は、おそらく手抜き工事のせいかも…巻き込まれた我輩達、超迷惑。我輩やテンペスト殿の活躍により怪我なし。ホテル側大感激大感謝決定。御礼金もあるかもしれない。きっとそう。」
立板に水を流すかの如く、言葉を紡ぐクラッシュさん。
そう?そーいうものなの?
まあ、誰にも負担が行かないよう社会システムが機能してれば問題無いのかな?
ちなみに、状況を見にきた総支配人的な人は、部屋を一目見て卒倒してました。
それでも、息を吹き返した彼は、僕達を空室に案内してくれた。
内心どうであれ、顔に出さず冷静に対応できるホテルマンの人だ。プロって凄いな。
クラッシュさんの言ったことは概ねその通りだった。
但し、慰謝料は出なかったけど。
保険料は、きっと来年から高くなることだろう…。
朝になり、帰る準備をした。
お土産を買いに皆でいく。
超楽しい。
帰りの車内で、お喋りして、私用端末に連絡先を交換した。
ふっ、また友達増えちゃった。
特に同性の友達が出来たのは嬉しい。
最後に、殿下とは、衛士隊の自死の多さと定数削減について話し合った。やはりこれは誰かの思惑が絡んでいるに違いない。今後、父君の伯爵に報告し対策を練るそうだ。
どうか、殿下、ギャルさん達を守ってください。
……別れの時間が来た。
北壁で私だけ降りる。
護衛依頼任務は、これで終了だ。
笑って、手を振って見送る。
バイバーイ。キャン殿下、ギャルさん、クラッシュさん。
さよーならー!
その場にて、しばし見送る。
……
僕、泣いてないよ。
ギルドへの報告は明日にしよう。
電車を利用して、自宅に帰る。
古くてあまりキレイではない外観のマンション。
しばらく帰ってないだけで、なにか懐かしい。
ただいま
自宅に入ると、テレビを観て優雅に紅茶を啜っていたペンペン様が、こちらを見もせず、「おかえり。」っとヒレをパタパタさせた。
…ペンペン様は変わりないなぁ。
今日は疲れたのでキーマカレーで良いですか?と僕が聞くと、「よかろう。」っと、頷いていた。
アールグレイ達が、ドラゴンと戦っていた頃、元会長秘書の◉◉が護衛と二人で都市外に逃れようとしていた。
やった、やったぞ。
助かった。私は助かったんだ。
ははは…押し付けてやった、成功だ。
おい、おまえ、無事に他の都市に着いたら、報酬をやるからな。しっかり私を守れよ。
金ならある。都市民からの契約料名目で騙し取った金が、私の分の分け前が、たんまり隠してあったんだ。もう全部私のモノだ。
しかし、しばらくすると、いつの間にか、護衛の男はいなくなっていた。
おい、どこにいった。
[蜘蛛]どこにいったんだ?
約束だ、私を守れ、契約だ。
契約だ、聞いてるのか、ちゃんと守るんだろ、おい!
いつしか、◉◉の周りには多衆の怪異が集まりつつあった。
ウマソウダ…タベゴロダ…クサッテオイシソウ…
ワシハハラヲ…ナラボクハメノタマ…ワタシノウミソ
マテ…ジュンバンダ…クモトヤクソクダ…マダカ…
姿は暗闇で見えずとも、異様な気配が囲んでいることが◉◉には分かった。
ひー、助けてくれ、[蜘蛛]よ、契約だ、契約を守れ!
約束じゃないか、言われた通りしたのに。
仲間じゃないのか。
暗闇に、◉◉の持つ小さな灯りだけが周囲を照らす。
周囲には、怪異の蠢く音が輪となり、そして、その輪は、だんだんと狭まっていった。
見えない暗闇に、何かがいることだけは◉◉には分かった。
ひひひっ、嘘だろ、約束したじゃないか。
契約したろー、契約だ!破る気か。
契約はお互いの自由な意志の元に交わしたものだ。
守れ!契約を守れ!私を守れ!
その時、暗闇に◉◉とは違う男の声が響いた。
「時間だ。契約は果たされた。」
その言葉に、暗闇から伸びた何本もの手が争うように◉◉に伸びて、その身体を掴む。
ひひっひひひっ、助けて、助けて、
涙と鼻水で、グシャグシャの顔を、持っていた灯りが照らしている。
暗闇から伸びた何本もの手に◉◉が引っ張られ、灯りが砂地に落ち、辺りが暗闇なった。
ギャー、ヤメロ、グァアギャ……。
…クチャ、…クチャ、…グチャ
暗闇に咀嚼音だけが響く。
咀嚼音だけが響く都市外の荒野に男が一人いた。
◉◉に護衛として雇われた[蜘蛛]だ。
男は、●●に関わる無残に生贄にされた七つの御魂が、喰人鬼と成り果てた●●の元へ、夜空を彗星の如く流れいく様を見ていた。
契約は果たされた。
関わりある七つの腐魂が鬼の元に集いし時、黒の主が、この世に顕現する。
世界の終わりの始まりだ。
主人の言った通り、これは予定調和なのだ。
黒の主が奴らを倒した後、蜘蛛の王たる我が主人が、黒の眷属の仲間入りを果たすのだ。
それで、世界は終わる。
…素晴らしい。
主人の願いを叶えることができた歓喜と任務を最後まで忠実に遂行しようとする冷徹さが男の中でせめぎ合った。
やがて、咀嚼音が鳴り終わり、怪異の気配が消える頃に、灯りを点けて、辺りを照らす。
そこには何も無かった。
ただ◉◉が命より大事にしていた金貨だけが散らばっていた。
「◉◉、契約とはお互いの自由な意志のもとに成り立つ。お前の言う通りだ。それを破ったお前に契約する資格は無い。俺から奪った分は返してもらうぜ。」
男は、金貨を一枚だけ拾うと、灯りを消した。
そして、辺りはまた闇に包まれた。




