黒い羊
幸いと言って何だか、今世のこの世界、神だろうが悪魔だろうか人々はあまり頓着しない。
何を信じようが本当に自由だ。
始末屋が、表の稼業であるように、悪魔を信奉する教会も堂々と表通りに店を構えている。
神の信徒だろうが悪魔の使徒だろうが関係ない。
個々の覚悟と実力を持った行動を尊重している。
どちらかと言うと、神を騙る者の方が変質概念に抵触して始末されていることが多い。
神も又それを望んでいるのかも知れない。アーメン。
それにつけても、金髪から漆黒にチェンジとは。
ちなみに眉毛とまつ毛も黒色でした。
まあ、前世でも黒色だったし。
コンパクトを持って色々な角度から鏡で映して観る。
うん、うん、悪くない。
逆に似合ってるかも。
目立たないし。
「アールちゃん…。」「お姉さま…。」
いけない、みんなが心配している。
「大丈夫。ほらっ、僕に似合ってるでしょう。目立たないし、お陰で世界も救えちゃったしさ……大丈夫、僕、大丈夫だから。」
何で、今世の、この身体は涙もろいのだろう。
大丈夫、ギャルさん、本当に大丈夫ですから。
そっとギャルさんは僕を抱きしめてくれた。
なぜか、もっと涙が出た。
山場を越えたような雰囲気だか、実は、まだ終わっていない。
山羊様が抜けた後の残骸……不定形の漆黒の物体が蠢いている。
外では、いつのまにか雨が止んでいた。
空は、曇天だ。
黒い雲と白い雲……総じてグレイだ。
「ああ、結界陣、復活しました。」
ギャルさんの嬉しそうな声が聞こえた。
結界の光の柱が次々と天を貫く。
光が闇を駆逐していく。
ああ、きっと、あの山羊様がオヤツがわりに暗黒エネルギーをミンナ食べてしまったのだろう。
残ってるのは、食べ残しだけだ。
漆黒の不定形のモノは、結界の光の波動にさらされ、ドンドンと小さくなっていき、やがて、30センチ大の小鬼となった。
まるまりながら、ブルブルと震え怯えていた。
ナンデボクバカリセメルノ…。
ボクミンナノタメニガンバッタヨ。
ボクダケガワルイノ?
ボクハワルクナイ、ワルクナイ…。
タスケテ…コワイヨ…イタイヨ。
僕は、小さい小鬼をそっと抱き上げた。
小鬼が怯えたように見上げる。
可哀想に…小さくて…何の力もない…哀れな生き物。
きっと、道を違えなければ、幸せになれたはず。
もしかしたら、もっと前に会えていれば…
間違いを認めて、気づいてさえいれば…
友達が止めてさえいれば…
抱きしめながら、僕は、この子のいくつもの、もしを考える。
…胸がいたい、苦しい。
小鬼が不思議そうな顔をして僕を見上げる。
……ナンデナイテルノ?
泣いてない。僕は泣いてない。この小鬼は敵だ。
じきに結界の光の波動が小鬼を消滅させるはずだ。
…クルシイノ?イタイノ?
……ボクノタメニナイテクレテルノ?
僕は泣いてない。敵の為に泣かない。僕はそんなに甘い人間ではない。
泣いているのはオマエだろ。
…ゴメンナサイ…ゴメンナサイ。
…ボクガワルカッタンダ、ゴメンナサイ。
小鬼が泣いていた。
光りに包まれて小鬼が何度も何度も謝りながら泣いていた。
アリガトウ、コンドウマレテクルトキハ…
そして、光りに焼かれ、小鬼は消滅した。
腕の中には、もう何もない。
…バカ、お礼なんか言うなよ、だって敵だったろ。
雨だ。
ギャルさん、雨が降っていて、前が良く見えないよ。
おお、何てことだ。我輩、今、奇跡を見たぞ。
テンペスト殿の慈愛に小鬼が悔恨の涙を流して昇天した。
これこそが我輩が目指す道よ。
我輩も見習わなくては!
辺りをキョロキョロと探す。
いたぁ!
瓦礫の影に隠れていた蛙頭を発見。
なにやらギクッとして怯えてるようだが大丈夫。
テンペスト殿が見せてくれた模範と一緒だ。
「怖くないよ、ほら、怖くない。」
優しく語りかけながら、笑顔で近づく。
ここはアレンジだ。
怯える顔で逃げようとする蛙頭。
回り込んで逃げ道を塞ぐ。
「ほら、怖くない、怖くない。」
ヒー、タスケテ、オレガワルカッタ、ユルシテクレー!
逃がさん。捕まえて抱きしめる。
ヒー、タスケテクレー、ぐへー、ツブレル。
抱いて締め上げると、蛙頭は泣いて許しを請いた。
むふー、思わず笑顔が漏れる。
一緒だ。テンペスト殿の真似をしてみたが、ことのほか上手くいっている。やはり我輩のアレンジが効いているのか。
グハー、アッチガイイ、ヤリナオシをヨウキュウするー!
まるで魂の叫びの如く泣いて暴れる蛙頭。
うぬ。指名するとは生意気なヤツめ。
いや、我輩反省。オリジナルの真似事だけではいかん。
アレンジだ!こうなれば、もっとサービスの充実に努めなければ。
神気を纏い、胸元に蛙頭を抱き締めて頬ズリする。
これは幼きキャン殿下も泣いて喜んだ技だ。
ギャー、ゴメンナサイゴメンナサイ、コンドウマレテクルトキハー…。
蛙頭は、泣いて悔悛して昇天した。
ふっ、デンペスト殿、我輩やり遂げましたぞ。
お礼の言葉は無かったけと、我輩寛容だから赦すし。
「恐ろしい…なんて恐ろしい技なの……。」
傍で全てを観ていたギャルが蒼ざめて戦慄していた。