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アールグレイの日常  作者: さくら
アールグレイの生活
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焚火

 焚き火を囲む。


 暗闇にパチパチと火が爆ぜる。


 キャンプです。

 前世では行けなかった焚き火でキャンプだ。

 嬉しい。


 …きゃっほぅ。


 僻地でも周りに人の目があるので、内心で喜びの悲鳴をあげる。

 だが傍目(はため)には、椅子にした灌木に座って目前の焚き火を見つめているだけのはずです。


 …


 …


 焚き火の炎を見つめているうちに、何だか心が解れて前世の記憶が想起して湧き上がって来る。

 前世では、働いて働いて、もうすぐ定年で肩の荷が降りるかと思ったら…定年延長で。

 なんじゃそりゃ?詐欺か!

 しかも、人員削減で現場の人員が2/3になり、一人頭の仕事量が増える増える…どひゃー!

 …これ如何に?

 こんな状態で、唯一大手を振って休める夏休みを、どう人員調整して取ればよいのか?!

 …ひどい、ひどいよ。

 以降、夏休み取るのに半年間掛けて調整するようになるのが普通になった。


 ハハハハ…。

 渇いた笑いしか出ない。

 今、思い出しても、まったく笑い話にもなりゃしない。


 いやはや酷い処だったなぁ。

 最後の方は、…もうよく覚えてないけど。

 不平不満が渦巻いていたのだけは強烈に覚えている。



 …



 …


 焚き火がパチパチと爆ぜた。

 回想から現実に戻る。

 今しがた見た回想は、前世の遥か昔の出来事。

 もはや覚えているのは僕だけだ。

 全てが遠くに過ぎ去ってしまった。

 戻ることはないし、戻れない。


 …


 周囲には、敵対生物がいないことは確認済みで一安心。


 焚き火の揺らめく炎を見てたら、前世の記憶が憤りと共に湧き出してきてしまった。

 いかん、いかん。

 キャンプで、多少嬉しくて気が緩んでいるのかもしれない。



 測量隊は車で寝てもらって、護衛は2名1組で三交代で起番。 休憩はテントで雑魚寝です。


 対面には、若い黒星が緊張した面持ちで座っている。

 最初の起番は、僕と彼です。

 彼は、若くとも緑星を卒業してきたからには知識、経験ともに十分な者のはず。

 一人前と言えるほど優秀さと強かさを持ち合わせていなければ黒星にはなれない。

 しかも、僕より明らかに歳下にもかかわらず既に黒星を二つ着けている。

 ようやく少年を抜けた顔だちで、黒星二とはかなり優秀だね、君…。


 「ぐ、軍曹殿、珈琲でもいかがですか?」

 セイロンの言動に倣ったのか、この臨時部隊では、僕への軍曹呼びが定着してしまった。

 セイロン兵長は、結構影響力がある。

 他のギルド員に良く声を掛けている姿を見かける。

 あれは、きっと自分と他者との間に壁を作らないタイプの人だ。

 コミュ力の無い自分からしたら、少し羨ましいかも。


 珈琲の提供は自分より目下の者からの気遣いです。

 無碍には出来ません。

 「せっかくですからいただきますね。では、僕からはチョコを進呈しましょう。どうぞ。」

 珈琲とチョコの等価交換である。

 一方的に貰うのは、やはりよくない。


 ん?チョコを渡そうと手を伸ばしたところ、受けとろうとした彼の手が震えていることに気づく。


 え、…そんなに僕が怖いの?


 自分で言っては何だか、僕、身体も大きくないし、身長も高くない。

 顔も平凡で、要するにモブだ。

 まー総じて普通で、恐れる要素は微塵もない。

 唯一目立つのは、金色の髪と碧眼くらい。


 震える手でチョコを受け取った時、当然手は触れる。

 若い黒星は急に手を引っ込めると、しばらくマンジリとしていたが、辿々しく語り始めた。

 「軍曹殿の噂は、学校時代から聞いていました。飛び級して、あっというまに卒業したことや、伝説となった数々の武勇伝は、信じられない話ばかりです。」


 ん?


 え?

 …確かに飛び級はしたけど、それは前世の経験と単に真剣に勉学に励んだ当然の成果なだけです。


 伝説?

 全く見当もつきません。

 学生の時は、目立つのは好まないので、平凡な学生でしたけど。

 それって多分人違いです。

 君、勘違いしてますね、僕はそんなに有名人ではない。

 「それ、人違いですよ。僕は学生の頃は、目立つことない普通の学生でした。」

 「いいえ、聞いていた名前と容姿も同じですし、兵長もあなたの事を軍曹殿と呼んでますし…。」

 「グレイの名字は結構多いし、金髪碧眼の中肉中背なんて巷で溢れています。兵長は、たまたま、僕の昔の失敗談を誇張して話しただけ。君の期待には沿えないけど、きっと誰かの誇張した面白話が、架空の人物と、たまたま僕の名前が合体して、君の代に伝わったんだと思う。だって僕、学生時代は全く目立ってないからね。」


 若い黒星は、目を白黒させた。

 「え?え!いや、しかし、えっ…。」

 口元を右手で、押さえ、そんな馬鹿ななどとブツブツ呟いている。



 口元に、貰った珈琲を持っていく。

 匂いを嗅げば、苦味のある香味が脳まで突き抜けるよう。

 一口含み、それからチョコを口内に放り込む。


 …美味い。

 …苦味と甘味のハーモニーを奏でる。

 最高のマリアージュだと思う。


 前世でもMの珈琲にチョコパイはいけました。

 苦味に甘味は、美味しさの不動の法則です。


 …


 若い黒星は、しばらくあたふたしていたが、考えがまとまったのか答えた。

 「…そうですね、誇張はもしかしたらされていたのかも知れません。私が見たわけではないですし…。考えてみれば、話通りなら、超人か神の化身です。先輩の話が、あまりにもリアリティがありすぎて、間に受けてしまいました。しかし、多少残念でもあります。」

 ちょっと元気が無い。


 あれれ、今度は緊張が治ったけど、すっかり意気消沈してしまった。

 もしかして、あまりにも僕が凄くなくて普通だからガッカリしてしまいましたか?


「まあ、法螺話は大抵そんなものさ。ほらチョコあげるから元気だせよ。いったいどんな法螺話を聞かされてきたんだい?暇つぶしに話してくれ。」

 僕は、若い黒星に話題を振る。

 コミュ力無い僕だけど、ガッカリさせてしまった若者に気遣いくらいは出来るのだ。



 それから、ポツポツと話し始めた若い黒星の話を聞いて、僕の方が心にダメージを負うのだが、それは、また別の話だ。



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