山羊
あ痛たた…。
眼を開けると、…知らない天井だ。
…いや、知っている。
あの、ぶち破れた天板の残骸は、さっきまで戦っていた50階のスイートルームだ。
下の下迄崩れ落ちて、多分ここは、48階だ。
まず、身体中をチェックする。
頭、後頭部が痛いが怪我なし。
眼、鼻、口、耳、首は、異常なし。OKだ。
手、腕、胸、腹、腰、脚、足先、所々痛いが外傷は無い。
次に動作確認。
全て動かすことが可能だが、全体的に疲弊しているのが分かる。
しかし、これはモード発動した際の反動だ。
原因が分かっているので問題ない。
ちなみに僕が使用している〇〇モードとは、いわゆる真剣で全力を出す際の形を、あらかじめ幾つか決めていて、鍵となる言葉で即使用できるよう自分に暗示を掛けているのだ。
平たく言うと、暗示となる言葉を言ったら全力を出すと決めているのだ。
これは魔法を使用していない。
自分と身体との約束で、あらかじめ目的達成の為に、身体の何処を集中して全力を出すのかスタイルを決めている。
これはスロースターターだった僕の弱点をカバーするために編み出した技だ。
しかし、火事場の馬鹿力的な力を毎回使用するのは、かなりの負担を身体に強いている。
だから、僕は1日に2回と決めている。
日常においても身体の手入れを欠かさない。
無理すると、身体が壊れてしまうからね。
身体は何も言わないから、こちらから気づいて、大切にしてあげないとね。
身体が無事なのを確認すると、周囲の状況確認にうつる。
未だ埃が舞っているところを見ると、落ちた直後らしい。
それにしても2階分の高さから落ちてよく無事だったものだ。
舞い上がっている埃で良く見えない。
探知魔法を掛ける。
「search。」魔力の波が広がる。
反応有り。パターン青3、パターン赤3、そしてパターン大赤四重丸1。
敵、味方、皆生きている。殿下、ギャルさん、クラッシュさん。
赤三つは、おそらく僕が切った首が、まだ生きているんだ。
大赤は、ドラゴンに違いないだろう。
まずは仲間と合流しなくては。
searchを何回か打って、位置を確認する。
クラッシュさん発見。無事だ。まあ、分かってたけど。
殿下をおんぶしている。無事だ。
殿下が涙目で手をブンブン振っている。
きっと僕を心配していたのだろう。
searchをもう一度打つ。
青の位置に向かう。
崩れ落ちた瓦礫の前に、ギャルさんの剣が落ちていた。
家を出る時に、お父さんから貰ったんだと微笑みながら言っていた剣だ。
反応は、剣の先を示している。
剣の先は瓦礫の山だ。
こんな重い瓦礫の下敷きになっては、助からない。
いや、まだ生きている。だって反応があるもの。
ギャルさんは、まだ生きている。
…死なないで、ギャルさん。
「……ギャルさん、ギャルさーーん!」
「はーい。なーに?アールちゃん。」
瓦礫の上方から、ギャルさんの暢気そうな声がした。
見上げると、カーテンの先にぶら下がってブラブラしているギャルさんがいた。
「いやーー、ゴメンゴメン。崩れた時、咄嗟にカーテンに掴まること出来てさ。危ない危ない。美少女危機一髪って感じー。なんてね。」
いや、いーんですけど、無事なら。
「あーごめん。アールちゃん泣かないで。私が悪かったよ。」
泣いてなんかいませんから。
うー、ボロボロと涙が落ちる。
平謝りしているギャルさん。
無事ならいいです。無事なら。
舞い上がっていた埃が落ち、ドラゴンの姿が見えた。
新たに出現した頭が、僕が切り落とした真ん中の頭を食べていた。
右手にキャベツ頭を掴んでいる。
食べ終えると、次にキャベツにかぶりつく。
「サベツダワークワギヨナァ……。」
キャベツの声が途絶え、ドラゴンの咀嚼音だけが聞こえてくる。
食べ終えると、ドラゴンのフォルムが変わっていく。
身体が収縮し、人間大の大きさになると形が落ち着いた。
その姿は、人間の身体に山羊の頭と下半身が付いている。
この姿は、見たことあるぞ。
前世の書物で見たことある。
悪魔だよ、これ。
あ、熊じゃないよ、悪魔だ。