奢り
その日、俺は、意気消沈していた。
任務は失敗だ。
屋台で、妙な色と味がついた合成酒を一杯飲み干す。
ああ、何てこったい。
アールグレイ准尉の依頼を受けたのに失敗しちまった。
だいたい、こんな、俺に交渉人の真似事なんて出来るわけがない。
あの腹黒受付嬢に騙されたー。
あなた向きよ、とか、あたななら出来るわ、とか俺の自尊心を巧みにくすぐりやがって。
「旦那、そんなに飲んだら身体に悪いさね。」
馴染みの屋台の親爺が声を掛けてきた。
「うるせー、放っておいてくれ。おかわりだ。」
畜生ー。俺の人生、肝心な所でいつも失敗だらけだ。
俺の名は、ルフナ・セイロン。
ギルドの階級は黒星三。
当年取って30歳、任務成功率99%の凄腕冒険者だ。
そもそも、荒事向きの、この俺に交渉なんて口先の誤魔化しなんて出来るわけがない。
あー、失敗した。
行ったは、行ったさ。
会う事も出来たさ。
あんたの為になる有力な情報があるとかないとか適当なことを言ってさ。
しっかし、あの、おっさん。酷く怯えてたな。
一応は、仲良くなれたと思ったんだけどなぁ。
途中、「アレがいないぞ。」とかなんとか言って喜んで、護衛に勧誘されちゃったし。
断ったのがまずかったか。
しかし、まるで命が掛かってるくらい頑なだったし。
ありゃ誰が行っても無駄足だ、無理無理。
まー、最後に、実はあちらの殿下は男だったら誰でも追て行く位の美少女だから、一見の価値有りとか説得したけど、興味無さそうだったし。
あー、准尉殿に会わせる顔が無い。
端末を開いて、准尉殿の写真を見る。
うーん、癒される…。
レッドの制服が超似合っている。
黒地に赤のラインが入った軍服に似たデザインの服だ。
そしてなんと、スカートを履いている。レアだ。
おお、タイトなスカートもお似合いだ。
現場では、まず御目にかからない。
鏡に向かって、襟元を気にしてる風が可愛い。
普段の凛々しい顔も良いが、これはこれで、また良い。
うむ、この写真を撮った者は、分かってる、アールグレイ准尉の良さを分かっている。
グットだ。エレガントでエクセレントだ。
食い入るように写真を愛でていたら、親爺が覗き込んできた。
「おっ、旦那も隅に置けないねぇ。こんな可愛い子の写真を待ち受けにしてるなんざ。旦那のコレかい。よっ、色男。」
「むっ、見るな、准尉殿が汚れる。この方は、そのようなものではない。」
「ひでぇな、旦那、見るだけで汚れるわけないでしょう。まったく。」
「いや、汚れる、貴様は見てはならん。そもそも、准尉殿は地上に舞い降りた天使。下賤な貴様や俺とは身分が違う。」
(あちゃー、今日のルフナの旦那は、そーとー酔っ払ってるなぁ。ここは話合わせとくか…。)
「そうそう、こんだけ可愛いかったら引くてあまたでしょうに。旦那や俺っちとは縁は無いでしょうなー。」
「なにー!縁がないだとー。」
ドンっと卓を叩く。
親爺がやれやれという顔をして引っ込んだ。
それどころではない。
そうだ、准尉殿は、あれだけ可愛いんだ、いつなんどき恋人ができてもおかしくはない。
なんで今まで気づかなかったんだろう。
いや、目を背けてたんだ。
もし准尉殿に恋人なんて出来てしまったら…俺は…。
…いや、待て、准尉殿の周りには、男っ気はない。
ちゃんと調査済みだから間違いはない。
安心だ。
ふー、落ち着け、俺、大丈夫だ。
とにかく、今回の失敗を挽回しなくては。
大根と蒟蒻を食べて、一杯飲む。
それにしても、合成酒って何で緑色だったり、オレンジ色だったりするんだ?
翌々日、嫌々ながらギルドに顔を出す。
受付に行くと、あの腹黒受付嬢が座っていて、俺に気づいたので声を掛ける。
「あー、悪かったな、実は、…。」
「やるじゃない。流石ね。私の見込んだ通り。任務達成の通知書がアールグレイ准尉から来てるわよ。あんたの株も上がるし、ギルドも儲かるし、准尉も喜んでたわ。このこの。」
肘で胸元をつつくの止めろ。
え?しかし、どういうことだ…。
俺は、カクカクシカジカと、受付嬢に経緯を話した。
「なるほどねー。まー、とにかく良かったじゃない。きっと、あなたの説得が効いてて、後で気が変わったんじゃないの。実際もう面談はしてるし。バッチグーよ。」
いまいち釈然とはいかないが、准尉殿が喜んで、ギルドが問題無いというなら、まあ、いっか。
「そんなことより、ほら、これに着替えて来なさいよ。」
受付嬢から渡されたのは、ブルーの制服だ。
ああ、…これはあまり嬉しくない。
受付嬢がムッとした顔をする。
おい,仮にも受付嬢が、そんな顔していいのか。
「だいたい、あんた位の実力者がいつまでもブラック着てるんじゃないわよ。まるでギルドが実力を適正に評価してないと見られるじゃないの。推薦したら日常評価だけで一発昇任よ。どんだけ高評価だか分かってるの?ギルドは実力主義を標榜してるんだから、アンタや准尉がいつまでも下にいたんじゃ、こちらも困るの。分かった。いいから着替えて来なさい。」
「しかし、コレ、星が二つ付いてるけど間違いじゃ…。」
そう、何故か星が二つ付いている。間違いだな。
受付嬢にクレームを付ける。
受付嬢は、ネームプレートを付けた慎ましい胸をはると、鼻息荒く、反論してきた。
「今までの溜まりに溜まった功績に対して、昨日付けで星一つ、日常高評価と今回の功績に対し星二つ、更に明日付けで、これまでの評価と実力を見直し私の推薦を付けて再評価してもらい星三つの予定通りよ。だからまた明日来なさい。以上。」
「いや、しかし三つも上がるなんて聞いたことないぞ。」
「何言ってるの。あなたの身近に前例があるじゃないの。男だったらツベコベ言わない。下士官講習は4月からよ。一ヵ月学校へ派遣よ。准尉と時期が重なるから会えるかもねぇ。」
受付嬢は、良かったわねとニッコリ笑った。
「うっ、あっ、まあな。」
胸元を見るとネームプレートにダージリンと書かれている。
「ああ、ダージリンさん、ありがとう。」
まあ、悪いことばかりじゃない。
依頼も、達成されてたし。
准尉も喜んでいたというし。
まあ、いっか。
このあと、ダージリン嬢に昼飯奢らされた。
准尉の話題で盛り上がって、楽しかった。