喰人鬼(後編)
意気が沈む。
奴は、ピタピタと静かににじり寄って来た。
あわわわわ。
後ろに思わず一歩下がる。
ちょっと生理的に苦手かも…。
「待たれい!」
野太い声がした。クラッシュさんだ。
「我輩がお相手しよう。テンペスト殿、先程からお主ばかり、目立ってずるいぞ。そもそも男女平等でごされば、我輩にも活躍の機会を与えてくれてもよかろう。さあさあそこの蛙に似た鬼殿も、我輩の方が、そこの貧弱な小娘よりも強いぞ!さあ勝負、勝負!」
あっ、なんか蛙顔の鬼が凄く嫌な顔してる。
そして、クラッシュさんは、僕を助けに来たわけではなかった。
それに、僕、そんなに貧弱じゃないよ。
思わず自分の身体を見回す。
「さあ、尋常に勝負!そんなに吾輩のことを見たい知りたいならば、見してくれるわ、ほれっ、ほれっ。」
上着をバサって脱ぎ、もろ肌をさらして鬼ににじり寄るクラッシュさん。
鬼の方は、先程まで、「オマエハミセローワシにはシルケンリがアール。ハアハア。」とか言って嬉しそうにニヤニヤ笑っていたのに、クラッシュさんを前に嫌そうに、後退りしている。
ぬぬっ、クラッシュさん、流石です。
応援してますから、やっちゃってください。
ゴー、ゴー、クラッシュ。
ゴー、ゴー、クラッシュ。
モロ肌脱いだクラッシュさんの上半身の筋肉がピクピク動いている。
怯んだ蛙顔が逃げるように埋まり、代わってブロッコリー頭が現れ、拡声器のように喚き始める。
「セクハラよー、セクハラダワーキャー。」
「バカマスゴミリヨーシテでシケーヨ。」
なんか少し、イラッとくる。
「セクハラサイテーウッタエテヤルワー、ぅキャグハー、グホッ。」
喚いていたブロッコリー顔に、クラッシュさんの左拳が突如めり込む。
これは、クラッシュさんの必殺、イキナリパンチだ。
一見予備動作なしに見えるので、まず初見では避けられない。これを避けるには、既に体内で起動している初動を察するしかない。
下からの死角から唸りを上げて振るわれる左拳が、ブロッコリー顔の右下頬から顎の部分にメリ込んだ瞬間、ミキョ、ギシッと鈍い音を上げ、首が曲がって頭が吹っ飛んだー。
その衝撃は、床から離れるほどに鬼の巨体をフワリと浮かせた。
おおー、どんだけの衝撃なのー?!
凄いよ、クラッシュさん。
白眼を向くブロッコリー顔から、僅かに「パワハラよー…。」と言葉が洩れる。
こいつも、気絶しそうになりながらもブレない根性だ。さすが、数千年に渡り腐魂となって地上を彷徨ってるだけのことはある。
その顔面へtarget!
既にクラッシュさんの右腕が、まるで銃の激鉄をカチリと上げるようにセットされ、発射!
唸りを上げて予備動作ありありのクラッシュさんの右拳が顔面へと迫っていく。
おお、あれはまずい。当たっては、いけない拳だ。
以前、クラッシュさんをチョッチ調べたときに、噂で出て来た、星砕きと異名を取っているパンチに違いない。噂なのは拳を受けて生存している者がいないからだ。受けた者が全員砕けている。だから噂でしか聞けない。
右拳が真っ直ぐ、白眼を剥いているブロッコリー顔に当たる。まるでスローモーションを見ているかのようだ。
メキョメキョと顔面が歪み崩れ…
「パワハラヨ…。」
そして、爆ぜて砕け散った。
この場に居る全員の動きが止まる。
そっか、頭って、パンチでパンッとチるものなんだね…。
「search。」パターン大赤、四重丸3。
やはり、鬼の体内の腐魂の数は減ってる。
けど、恨み辛み、悪意、敵意、戦闘力は、危険なほど上がっている。
鬼の形が、メキメキと変わり始め、腐った表面が、硬く乾いた黒色に変色し、大きくなっていく。
フォルムが変わったいく、より強大に。
これは、もはや鬼とは言えないんじゃないか。
まるで蠱毒だ。負けた腐魂を吸収し、より強く。大きくなっていく。
僕達と戦う過程そのものが、奴を強くさせているんだ。
…これは、どうすれば良いのか?