仔蜘蛛③
我々[蜘蛛]の天敵とも言うべき、あのアール・グレイが、冒険者ギルドの士官学校に入校したのは把握していた。
因果律を歪めて、以前よりも更に遠間から、自然に彼奴の消滅を試みたが…上手くいかない。
絡めた因果の糸を、解くものの意図を感じた。
着実に彼奴目の陣営は、力を付けてきている。
左腕が、ズキンと痛む。
彼奴に着けられた傷は、とうの昔に治っている。
だが彼奴のことを想うたびに、幻肢痛のように痛むのだ。
…許せない。
…たかが、人間の分際で、この私に傷を負わせるなんて。
哀れに命乞いする彼奴目を、この手で、手脚を捩じ切って血反吐を吐き出させて、あの綺麗な顔を擦りおろして、豚の餌にくわせてやりたい…。
毎晩願い叶った彼奴の情けない姿を想像し、嬉しさに顔を歪ませ笑い乞うが…残念ながら願いは未だ叶わない。
念や祈りで、願い事がかなうならば、彼奴目は今までに100万回惨殺されている。
ふー。
溜め息をつく。
やはり、何事も自助努力は欠かせないし、必要だということだろう。
神め、役に立たないわ。
チクショーめ、たかが、ヒト如きが、私を傷つけ、しかも、これ見よがしに忠告してくるとは…何様のつもりか!
何よりも許し難いのは、私に対し手加減し、左腕の皮膚を薄皮一枚だけしか切り裂かなかったことだ。
ドチクショーめ。
あの時、私は油断していた。
彼奴目が、その気ならば、、私はサイコロステーキのように切り裂かれて、血の池に肉片を残していただろう。
顔を歪めて、歯軋りす。
私は憤りを、可愛らしく彼奴を模して作ったアールグレイ人形を机の角に、何度も叩きつけることで発散させた。
…はあ、はあ。
この人形は、呪いの人形として、毎晩丑三つ時に、釘を刺したりして、呪いの念を込めたが、逆に倍になって返ってきたのに驚愕し、嫌々ながら中止して不要となったもの。
本物と酷似するほどに擬似魂を精巧に作り過ぎたので、下手に処分すると私にダメージが戻って来るので、処分したくとも出来なくて仕方なく部屋に置いてあるものだ。
あのモノは、二重三重に見えない壁に守られている。
それも、信じられないことに相反する聖魔のどちらからも加護を得ているのだ…どういうこと?!
糸を手繰りて、詰めても詰めても絡ませられないし空をきってしまう。
…風か?彼奴目は、風なのか?
だが…ならば…遠間から弓矢を射出するように、いきなり不幸の矢が飛んで来たならば、どうだ…?
彼奴目が、士官学校で内に籠っているうちに、準備は整えた。
今度は、オマエが油断する番だ。
だが、私はオマエのように甘くはない。
確実に私はオマエを抹殺してやる。
涙を流して、命乞いしながら、後悔して、恨んで死んでいくがいいさ。
フフフ…。
ハハハハハ…。
「…アーズ、アズ、何処にいるの?妾は1ポンドステーキ3枚は、食べたいわぁ。食後にはアイスをパフェにして盛り付けてちょうだい!」
「はい、[大雀蜂]様、ただいま参ります。既にお肉は切って熟成させてますから、食べ頃でございます。あとは赤ワインで焼くだけですから、お席でお待ち下さい。付け合わせは、如何しますか?」
遠間から、私を呼ぶ女の声にすかさず返事をする。
この場所は、絶対無敵の[女王蜂]が住まっていることから、何が来ても安全安心だが、プライベートの時間でも[女王蜂]の注文に遠慮なくアレコレ我儘に対応しなければならないのが偶に傷だ。
しかし、優秀な番犬を飼っていると思えば、些細な世話に過ぎないと思うようにする。
それにしても、あんな細い身体のくせに、よく食べる番犬だ。
「アズ、妾は、ブロッコリーとポテトと…ニンジン、目玉焼きも欲しいわ。赤ワインは年度はいいから、冷やしたバーレイ産のものを先に出して、それと…」
扉の向こう側から、良く通る声が聞こえてくる。
前言撤回。
下手に出れば、たかが蜂が、調子に乗りおって!
…だが我慢だ。
憤りながら、冷蔵庫から肉を5枚取り出し、鉄板に火を付けて温める。
ふん、私も、食べてやるわ。
調理に使う赤ワインを、グラスにドクドク流し込み、飲み干す。
[女王蜂]の不躾な物言いには、イラっとしたが、アールグレイに焼きを入れることを想像して、私は溜飲を下げた。




