カール・イングラム・エヴァは見た!(中編)
コホンッ…見張り任務を続行する。
今回の私の任務は、見張りと記録化による証拠化と各局への報告ですから、現場に介入はしないので、見張りに専念できます。
アールちゃんは、ユッタリとした薄手のスウェットが、枝葉に引っ掛かり、思う様に動けないご様子。
うう…アールちゃん、無理はしないでいいんだよ。
まるで映画のヒロインを応援する気持ちなのですが、しかもそれが身近にいる友達なのですから、感情移入も一入で、あの白魚のような綺麗な肌に傷がつかないか心配です。
因みに、あの室内着は、アールちゃんの素の魅力を仄かに引き出すに一役買っているよね。
それは薄手のレースがついた白色のユッタリとした作り。
一見して、デザインが素朴で簡素な作りから量産品の安物であると勘違いしそうですが…実は良く見ると、滑らかな触り心地良い生地に、しっかりとした縫製やカッティングの巧みさが映えるまるで一流の作り手が、安物を装って作った逸品ではないかと勘繰るぐらいの、一流の気品が漂っている見る人の目が試される驚きの逸品です。
着ている持ち主の魅力を邪魔せず、控えめに似合っています。
きっと、特注品です。
以前、お部屋に訪問したおり、戯れに抱き締めてしまった際に、良い匂いに夢心地になりながらも、それに気がつきました。
アールちゃんにお似合いですと、褒めた際に入手先を聞いたら、なんでもお友達からのプレゼントだそうで、その方から「恥ずかしいくらいお安いので使い潰してくださいませ。」と言われたらしく、本人は「肌触りが心地良く気楽に着て寛いでます。」と、嬉しそうに話してました。
むむ…これって、お友達の言葉を真に受けて、特注品であることに気がついていない!?
アールちゃんは、知覚や見識が驚くほどに優秀なのに、自分の感覚よりも、信用してる友達の言葉を疑うことなく自然に優先している。
その友達に全幅の信頼を寄せているのが分かりました。
鋭敏な感覚と優しい鈍感さが、アールちゃんの中で矛盾なく共存している。
これは…プレゼントされたお友達も、アールちゃんの自分に対するお気持ちに触れられて、さぞや嬉しいことでしょう。
そんな室内着に頓着することなく、アールちゃんは雑木林の中を駆け抜けていく。
庶民の私としては、あの高級生地が傷まないか余計な心配してしまいます。
それにオリッサ総代曰く、アールグレイ式戦術により、多層に対抗策は仕掛けられているので、逃げている彼らの運命は既に定まっている。
アールちゃんが無理をして追走せずとも、もはや、捕まるのは時間の問題なのです。
そんな哀れな逃亡者達は、真南に逃走を続けている。
そのスピードは、森と言えるほどの樹々が生えている中としては、かなりなもので、本人達が必死なせいもあるけれど無駄に優秀で、私の中では残念感が込み上げて来ます…やれやれ。
因みにアールグレイ式戦術とは、オリッサ総代が命名した、アールちゃんの戦いの場における考え方…あらかじめ予測された幾つもの運命線に対して入念に対抗措置を準備しておくことを基軸に据えた戦術のことなのです。
準備段取りに、おそろしく手間暇と根気がいりますけど…アールちゃん自身は、保険を掛けていると表現している。
彼女の言に寄ると、未来の自分の窮地を、今の自分が救けに行くと思えば、なんてことなく、しかも全てに対して措置をこうじてるわけでもなくて、簡易な案件では、およそ60%の措置を用意してれば安全圏に入るそうです。
彼女は、面倒事を嫌っている素ぶりを見せながらも、地道で一見して無駄な作業は厭いません。
私達庶民以上に、地に足を着けたその考え方には親近感を抱くと共に、その徹底ぶりは驚嘆に価します。
今回の件は、彼女にとっては、事前情報があったとはいえ、ほぼ突発事案に等しいはず。
戦術家であるアールちゃんの優秀さは、授業でのシュミレーションでの勝率の高さが物語っている。
ならば、戦略家での優秀度は如何許りであろうか?
彼女の先を見通す眼は、未来を何処まで見通し、そして対抗措置を講じているのでしょう?
…
…
…
少し期待して、ドキドキしてしまいましたが、如何な優秀なアールちゃんでも、渦中にある今では無理と言うものです。
…って、言うより絶対無理です。
今現在渦中で活動している視点では見える範囲が限られています。
例えれば、五里霧中状態。
なのに、過度な期待は無用に過ぎます…期待した者が愚かと言われても仕方ない。
周囲や、事が終わった後からのクリアで情報が揃った全体を俯瞰して見る見方とは全く違うのですから。
試合をする者と、試合を観る者又は解説付きで後から観る者との、見え方の違いと例えれば分かるでしょうか?
普通人ならば、渦中での俯瞰視は不可能でしょう。
超古代時代では、それがよく理解されておらず、事が終わった後で何もしなかった者達が、勇気をもって事に当たった責任感ある者達を非難したという。
精神の未熟故に滅んだ超古代人らしい逸話です。
あまりの愚かぶりに笑ってしまいそうになるが、今同じ轍を踏みそうになった自分を笑うことは出来ません。
それでも、渦中にいながら俯瞰できる眼を持つ者が歴史上、稀にいることを私は知っている。
アールちゃんに…彼女にそれを僅かでも期待する気持ちがある私は愚かでしょうか?




