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アールグレイの日常  作者: さくら
アールグレイ士官学校入校する
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第三王子は煩悶する

 ぬう…何故に、こうなった?

 我はただ…ちょっとだけ気になった女性(にょしょう)の姿を一目見たかっただけなのに。

 思うだけで、ドキドキするような胸の高鳴りの正体を見極めるため、宵闇の中、我は空を駆けて来た。


 それがまさか、王子たる我が植え込みに隠れ潜むなど、この様な窮地に陥るとは…何たる事。

 これでは、まるで我が悪いみたいではないか!?


 …


 今、我の味方は図体ばかりデカくて、機転も効かない筋肉ダルマが一人だけ。

 しかも役に立たたないばかりか、我と同じ植え込みに隠れ、球形に縮こまって完璧に気配を殺している見事なほどの隠形の術を駆使している。

 先程から一言も発してないばかりが、呼吸もしてないと思うほどに見事に存在を消し去っている。

 普段は、賢しげな態度で意味無い言葉を羅列して、イラっとするほど思考の邪魔をするくせに、こんなときだけ無駄に有能さを発揮するとは?!

 そう言えば、初めて会って面接した際に「私は、逃げることにかけては超一流と自負しております。自分()()は、どんな窮地からも救かる所存です!」と、自慢していたのを思い出した。

 …

 こいつまさか、今この状況下で護るべき主人を見殺しにして、自分だけ救かろうと画策してるのではなかろうな?

 まさかであるが、不安感がもたげてきた。

 …

 部下を信用出来ない自分もたいがいだが、此奴には…何やら理由なくムカつくものもある。

 …

 …いや、理由ならあった。

 普段の我に対する態度もそうだが、そもそも此奴の言葉に惑わされ、もし、この曇り硝子窓を開き、かの人がお風呂場に入っていたらどうしよう?!と、想像して動揺してしまい、立ち去るのが遅れてしまったのだ。

 今、かように風呂場の直近の植え込みに息を殺して隠れなくてはならなくなったのは、ひとえに此奴の下種な思惑に、我の心が揺れたせいよ。

 …

 ああ…なによりも情けないのは、自己の行動を他者のせいであると責めてしまう、未熟な我であるのが一番情けない。


 いかん、いかんと頭を抱えたその時、我の頭の上の方から、枝葉が擦れるような音が聞こえた。

 反射的に上を見ると、枝にモモンガが掴まって、コチラを見ていた。


 …何故にこの様な場所にモモンガが?

 いや…森であるからいても不思議なほどでもない。


 暗闇に目立つ真っ白なモモンガが、つぶらな瞳で、何やってるの?と問い掛けるように、見てきた。


 …


 そして、モモンガの体重に細い枝がしなった瞬間、その白いモモンガは、宙に飛んでいた。

 思わず目で追う。


 そして、モモンガは、こともあろうに女子寮の風呂場の開いていた高窓に飛びついて、カタッという音をさせたのだ。

 …あ!


 次の瞬間、複数の女子による絹を引き裂くような悲鳴が辺りに鳴り響いた。

 「覗きよ!」

 「キャー!痴漢よ!」

 「通報して!」


 (くだん)のモモンガは、女子の甲高い声に驚いたのか、固まってボトリと地面に落ちた。

 おお…大丈夫か?

 …い、いや、それよりも、ま、まずい!

 もしこのまま、見つかれば、まるで我が覗きをしたかのように冤罪がかけられてしまうのは明白だ。

 …捕まるわけにはいかない。

 大人になったばかりというのに、王子として面目を失うどころか社会人として失格の烙印を押されてしまう。


 そして更に事態は急変した。

 風呂場前にいた二人組のギルド員が、逃げるように、この植え込みに飛び込んで来たのだ。


 「クール、何故に逃げる?」

 「いや、つい…痛、おう!なんだオマエラ?!」


 狭い植え込みに、元々許容量過多気味に人が無理やり隠れていたところに、更に二人が飛び込んで来たことで、完全に均衡は崩れた。

 瞬時に、隠れていた全員が我も我もと、蜘蛛の子を散らすように駆け出した。

 もちろん、我も真っ先に逃げ出した。

 

 状況があまりにも悪過ぎて、捕まったら不味いことこの上ない。

 ここは、逃げるしかない。

 我は、植え込みを掻き分け、或いは飛び越し、枝葉に当たりながら必死に逃げた。

 だが、分散すればよいのに、植え込みに隠れていた全員が同方向に逃げ出している気配がするのだ。

 ほぼ横一線になって逃げている。

 どうやら、この森は地形的な制約で他の方角は、通るに難しいのかもしれないと想像したが、こんな大勢で固まって逃げ出しては目立ってしまう。


 ま、ま、マズイぞ!


 この地は、超優秀なギルドの士官学校である。

 もし、たまたま暇なギルド員が、事態を瞬時に把握し、直ぐに着手して追っ手を掛けたら…追いつかれてしまうかも…いや、まさかな…いくら超優秀だとしても、初めから準備してない限り、他人のために即時即応出来る人は稀だ。

 

 そう自分に言い聞かせて、手脚を動かす。


 「…待ちなさい!」

 その時、後ろから、張り詰めた気合いのこもった、それでいて優雅で可憐な女性の声が、追うように聞こえて来た。











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