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アールグレイの日常  作者: さくら
アールグレイ士官学校入校する
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[閑話休題]レイ・キームンの休日

 士官学校において2ヶ月の夏季講習受講中のところ、ほぼ座学なことから、体力訓練と気晴らしを兼ねて、森に囲まれた廃墟の高台に、週末を利用して登ることにした。

 元々は、超古代の永久コンクリートで建てられたタワービルディングだった廃墟を苗床に、樹木が巻き付き、飛ばされてきた葉っぱや土を元にした腐葉土の類が数千年掛けて堆積して、森に囲まれた山と化した高台である。

 授業中に教室の窓から、ふと見ると、隆起して出来た自然の山々と違って、摩訶不思議な形容をしているなと常々そう思っていた。

 端緒が興味本位ならば、体力訓練と気晴らしは、後からの理由の付け足しであるのかもしれない。


 …


 …まあ、いいか。

 この際、理由などどうでもよいだろう。


 私が勝手に師事しているあの可愛らしいアールグレイ少尉殿も、そう言いそうな気がする。

 

 (レイ准尉、個人の行動にまで、大義名分などは必要ないでしょう?週休ぐらいは、自分のやりたいようにすればいいよ。自分の意志こそ最優先です。)

 うんうん頷きながら、私に話し掛ける彼女の姿が思い浮かぶ。


 想像と言えども、師匠のお言葉には従うのが弟子の務めであるな。

 私と彼女は内面が似ている…と勝手に私はそう思っている。

 私は、日曜日の早朝であるにも関わらず、イソイソと準備をサッと済ませて、目的の山を目指し、校舎を後にした。

 超古代の格言に曰く、思い立ったが吉日と言うではないか。

 腰の重い私にとって、どんなくだらないと思われることでも、自分の意志を貫くのが最優先である。


 家を出たあの日から、そう決めているのだ。




 …




 夏の暑い陽射しに照りつけられながら、麓の周囲を囲る森まで足を運んだが、樹木の繁茂具合に分け入るのを、一瞬躊躇してしまった。

 周囲では蝉の大合唱がうるさいほどで、森から熱せられた湿気が立ち上り不快指数が急上昇している。

 寮室内の冷風魔法が循環している快適さと比べると、天国と地獄ほどの差がある。

 わざわざ、こんな場所に来る人の気が知れない。


 …きっと私ぐらいなものだろう。


 超古代と比べ人口減少著しい現代では、このような場所に人が来ることはない。

 だが、森の周囲を廻り、入り易い場所を探すうちに、驚いたことに僅かに人が歩いたと思われ痕跡を見つけた!?

 …

 超古代に起きた文明崩壊以降、このダイバ島はギルドの士官学校が建てられただけの人跡未踏の地のはず。

 だから…おそらく奇特なギルドの士官学校の誰とも知れぬ諸先輩が、俺と同じように登ったのであろうと勝手に推測する。

 いつの時代にも、この様な辺鄙な場所に来るなど、変わり種はいるものなのだなと呆れてから、自分も同じ穴のムジナであると気付き、会わずとも、その先人に妙な親近感がわいた。

 会うことはないだろうが、時空を隔てた仲間であると想像した。


 …どんな人だろうか?


 足跡の、小さく浅いことから、体重の軽い小柄な女性ではないかと推測する。

 …この様な峻険な山に登るのであるから、コンパクトかつパワフルで若い女性?しかも、これは足跡が新しい…ごく最近来たのか?

 だとしたら一緒に夏季講習を受けてる女子の同期生の可能性が高い…意外と近くにいた。

 それでも今期の女子は男子より比率高く30人近くはいる。

 後衛の魔法、神術、支援系特化タイプでは、人跡未踏の山の踏破は難しいだろう。

 冒険者ギルドは、前衛・中衛の武術家、武器使いは多く、魔法使いは少ない…それでも対象の同期生女子は20人はいるな。


 見知った同期生の女子の顔を思い浮かべながら、道なき道を枝葉に遮られながら労苦して歩みを進めて行くうちに、私は本当に女子が、この様な場所に来るだろうかと甚だ疑問に思えてきた。

 だとしたら性格から、候補は半分の10人ぐらいに絞れそうだ。

 あくまでも、私の勝手な偏見による推測だが。


 獣道のような道なき道のような痕跡を辿り、伐採痕のある枝葉を掻き分けて足を進め、やがて段々と高くなっていく傾斜を登りきったところで、絶壁に近い崖まで、昼前には到達することが出来た。

 

 周囲は、緑の樹木と岩肌しか見えない。

 樹々の隙間から、夏の蒼天が垣間見える。


 この場所が今回の分岐点に違いない。

 登るのも一苦労だし、引き返すのも、来た行程を思うだけでウンザリする。

 周りより一段と高い鉛筆状のタワーマンションの廃墟を基礎としたからか、この山は割と鋭角に尖って、途中、断崖があることは予想できていた。

 そのため、壁を登る資材も準備してきたが…どうやら素手でも登れそうだ。

 実際、おそらくながら断崖を観察するに、先程の足跡の持ち主も資機材を使わずに登ったようだ。


 女子ながら、なかなかの握力と技量の持ち主だ。

 …負けてられんな。

 

 そう考えたところで、普段感情の揺れ幅少ない自分の心の変化に気がついた。

 普段、対抗心など塵すら湧かないのに、顔の分からぬ正体不明の女性に対抗心を抱くなどとは?!


 そんな自分の内心を笑って、さて、登るかと決意する。

 今更、引き返すのは惜しいし、同期の女子に登れて、私が登らないのは情け無いだろう?


 …


 …



 登るには一汗かいた。


 頂上は、高台の広場になっていた。

 元々のビルディングの屋上部分であろう。

 周りが開けて眼下には、今日通って来た鬱蒼とした森が広範囲に広がり、島の稜線が見渡され海の青が眩しい。


 登りきった達成感と充実感で、しばらく景色を眺め堪能した。


 ああ…身体をほぐすには、ちょうど良い…以上の運動量だったぞ。

 予想以上の大変さに、登ろうと決心した過去の自分に悪態を途中ついたほどで、大変さにもう二度と来ることはないだろうと思う。

 まあ、普通の人は、まず断崖を登ろうとは思わないだろうな。

 それ以前に鬱蒼と繁った森を掻き分けて、山を登ろうなどと発想自体湧かないはず。

 この高台に初めて来た先人は、よっぽど臍曲がりの変人だぞと思う。

 私も、通った痕跡がなければ、諦めて引き返したかもしれない。

 私より先に登ったこの先人は、全くたいしたものだ…。


 この時点で私には、この先人が誰だか予想がついた。

 夏季講習の忙しい最中に、理由もないのに、こんな苦労してまで、一日潰して、人跡未踏の廃墟の山を登りきる実力ある変人は、もはやあの人しかいない。


 そう言えば、先週末の早朝、イソイソとキャンプ道具を背負って一人出掛けるアールグレイ師匠を見掛けたことを、今更思い出した。


 …


 真夏の暑い日に廃墟の山の頂上、高台から、海を眺める。

 陽射しに照らされた大海原の上空をカモメが飛んでいた。

 うん、一人は、やはり素晴らしいな。

 人間関係に思い煩うこともないし。


 バーナーで湯を沸かし、用意していた昼飯を料理して食べる。

 食後には珈琲を飲む。


 …


 …



 …


 おおいに….堪能し、人恋しく寂しくなった昼過ぎに山を降りて、元来た道を引き返す。

 あんなに苦労して通った道なき道なのに、帰りは早く感じる。





 まだ陽が落ちる前に寮に戻って来た。

 早速寮で一風呂浴びて汗を流し、熱い浴槽に浸かる。


 あー、極楽だぁ。


 「おう、レイじゃないか。今日何処行ってたんだ?全然見掛けなかったから探したんだぜ!」


 あー、今、私は風呂を堪能してるのに無粋なヤツめ。

 チラリと風呂に入って来たクールを確認し、何も言わず、また目を閉じた。

 男の裸など見たくはない。

 …

 ならば、女性ならば…?

 身近な女子の顔が思い浮かんだが、慌てて打ち消した。

 今は恋愛にうつつを抜かしている時期ではないのだ。

 クールは、返答なくとも全く気にせず、お湯を掻き分けて近づいてきた。

 「おう、レイ、今期の女子の中で誰が一番良いと思う?俺はやっぱりアールちゃん一推しだが、ショコラ嬢の可愛さも捨てがたいと思うのだ。あの二人が並んだ間に挟まれるのが俺の夢だ。だがプロポーションの完璧さなら、オリッサ少尉かな?あの冷静な声で厳しく指摘されたら妙にドキドキフワフワするよな。胸の大きさならアントワネット嬢だろう!ああ、あの柔らかそうな胸に顔を(うず)めてみたいなぁ。」

 

 うるさい…気持ちは分からぬではないが、あまりにも下世話な内容なので無視した。

 すると、答えるように後ろから野太い真面目声がしたのでギョッとした。


 「…なかなか良いラインナップだが、ダルジャン准尉の尻を忘れてないかな?吾輩の一推しじゃ。さらに胸とのバランスを考えるならば、エヴァ護民官も5本の指に入るじゃろう。」

 「おお!…なんだオシリー卿じゃん。急に声掛けるからびっくりしたぜ。いたのか?…確かにダルジャン嬢も捨て難いが、俺は、どっちかと言うと、美人より可愛い系が好みなんだ。うん、たしかにエヴァちゃんは可愛いな。俺の嫁候補に載せとくかぁ。」


 オシリー卿は、れっきとした貴族だが、平民や獣人とも分け隔てなく交流する、お尻第一の探求者で、男子ギルド員からは一目置かれている人だ。

 それにしてもオシリー卿の気配の消し方には畏れいった。

 彼は気安く見えても私達と同じレッドの実力者であると分かる。

 

 ああ…オシリー卿とクールの会話を聞いて、一気に俗世に戻ってきた感じがして、山の上で感じた寂しさが、スッカリ失せてしまった。


 その後の彼らの会話は、胸は、何処まで大きいほうが良いのかに移って行った。


 …


 私は会話には参加せず、風呂に浸かりながら、今日行った廃墟の山の頂上を思ってみた。

 今頃、誰も居ない頂上は、夕暮れに染まっているだろうか?







 

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