[閑話休題]クール・アッサムの近況(続編)
「世界は広くて、身の回りの世間さえ、新鮮な驚きに溢れている。貴方が成長しないのは、周りのせいではありません。ただ…貴方の目が節穴なだけ。」
ダージリン嬢の俺への追及は続いた。
この人は、容赦がない。
古強者の年配のブルーが畏れいる故を、俺は今巷の喫茶店で体感している。ウヘー。
俺は落ち着くために、ソーサーからカップを手に取り、紅茶を飲んだ。
「…どうやら、分かってないようですから、実例を示しましょう。例えば、目は口ほどにモノを言う、超古代からの格言がございますが…実は先程から私はアッサム曹長の視線を感じていました。世の女子は視線には敏感なのですよ。ご存知でしょうか?」
…そんな話を昔、聞いた覚えはあるが、今まで気にしたことはなかった。
因みに、俺はダージリン嬢は好みではないので、そんなに見た記憶はない。
俺の訝し気な顔に、ダージリン嬢は具体的に説明しだした。
「ご存知なかったみたいですね。…コホン。貴方は、アールグレイ少尉の首すじから見始めて、胸を執拗にジロジロ見てから腰回りをネットリと堪能し、それから又胸を舐めるように見ていました。しかも、私の胸と見比べていましたね。」
俺は、心の内を指摘された驚きに紅茶を吹き出しそうになった。
あわわわ、な、何故?バレていたのか!
しかしこいつ、何てことをアールちゃんがいるこの場でバラすんだ。
せっかく表情には出さず、アールちゃんにバレないようチラ見に徹していたというのに。
俺は、驚愕しながらも、内心後ろめたかったが即座に否定した。
これは認めるわけにはいかない。
「いやいや、対面してるから自然と見えてしまったんですよ。そのような嫌らしい言い方は、語弊を招く。訂正してくれ!」
対面のアールちゃんは、俺から身を守るように胸元を手で隠しながら、顔を赤らめていた。
恥じらう純粋な彼女は、とても綺麗で魅力的だった。
ああ…いい。
ハッ、誤解だ。俺は、そんな嫌らしい男ではない。
ここはなんとか、お茶を濁して誤魔化さなければ。
「…そういうところです。」
もういまや営業スマイルが跡形もない半眼で、ダージリン嬢は、俺の心の動きを指摘した。
「自分の気持ちに嘘をつくのは如何なものでしょうか?嘘は新たな嘘を呼びます。自分の気持ちを誤魔化すと真実が掠れる…本当のことが分からなくなる。そんな些細な嘘は無くしなさい。自分の気持ちを誤魔化すは悪しです。貴方を含め男がスケベなことなど悠久の遥かな昔から皆んな知っていること。私の胸はともかく…好きな女の子の胸を見てしまうのは健全な男ならば仕方ないことです。貴方は健全な正常な機能を持った男なのでしょう?それとも不健全な特殊な性癖の持ち主なのですか?」
俺は、もう何て答えていいか分からなくなった。
認めても否定しても俺の立つ瀬がない。
ああ、確かにアールちゃんの胸を見てたさ。
いい形だな、触ったりしたら柔らかそうだなとか、それからいろいろ…想像したのは事実だが、アールちゃんに嫌らしい男だとは、俺は思われたくはない。
それにチラッと見てたのは事実だが、嫌らしいことも考えたかもしれないが、そんな内心の事情など分かるはずはないし、俺のイメージが損なわれるので認めるわけにはいけない。
「クール・アッサム曹長、くだらない誤魔化しは止めなさい。アールグレイ少尉も先程から貴方の視線はとっくに感知していましたよ。ただ貴方が傷つかないように配慮して不躾な視線にも、敢えて知らないふりをしてただけです。そんな優しい少尉の身になって考えてみなさい。今、どんなに抗弁しても恥の上塗りですよ。」
グハッ…なんて容赦ない女だ!
今言うか?具体例の説明だからって、今、わざわざそれを選んで言うか?
しかし、上手く見たつもりが、チラ見だけで、そんなに本当に分かるものなのか??
胸の無いことを気にしたダージリン嬢の自意識過剰ではないのか?
そこで俺は、救いを求め、改めてアールちゃんに確認してみた。
「し、師匠、嘘だよね。俺、そんな風に見てないよな?」
た、頼む、嘘だと言ってくれ。
アールちゃんは、普段の凛々しさは陰にひそめ、顔を赤らめながら端的に回答してくれた。
因みに彼女の両掌は、胸元を守るようにしてある。
「クール君、エッチな視線は直ぐ分かるから、ダメ。」
…グハッ!
バレていたのか…あああ、なんてことだ。
じゃあ、今までの、アレもコレも、全部全部バレていたのかぁ。
…知らなかった。
「分かりましたか?貴方の知らないことは、世の中には、まだまだ無数にあります。貴方の小さな狭量な判断など、まだまだ当てにならないのが分かったでしょう。貴方はまだ、大海の広さも、空の深さ蒼さも知らないのです…」
ダージリン嬢の説教は、尚も続いていたが、聴き流しながらも、俺はアールちゃんを見ていた。
彼女の胸とかお尻とかの芸術品も目の保養になるが、恥じらうアールちゃんの姿は、俺の心に染み入ったのだ。
尊い…俺は感動した。
…
ダージリン嬢の話に、俺は納得した。
例えれば、ダージリン嬢のは確かに小さい…だが小さい大きいは関係ない、それに貴賤はないのだ。
自分を小さいと認めた先に道ができるのだ。
要は、そういうことでしょう?!
分かりやすく具体例を出して、理解したむねをダージリン嬢に得意気に説明したら、いきなり殴られた。
昼間から、彗星が流れるのが見えて、あれ?まだ昼なのに可笑しいなと…思ってたら衝撃を受けたのが最後の記憶で…次、気がついたときはギルド病院の天井を見ていた。
あれ??
後から病院に見舞いに来たフォーチュン先輩に聞いた話しによれば、殴られて飛んで壁にめり込んだ俺にトドメをさそうとしているダージリン嬢を、アールちゃんが必死に止めてくれたらしい。
応急手当てして病院に担いで入院させてくれたのもアールちゃんだ…ああ、彼女は俺の生命の恩人です。
もう、一生頭が上がらない気がする。
ふむ、胸の小さい女性に、胸の話は禁句なのだな。
俺は、一つ学び、賢くなった。
何故か、この後、俺の戦闘力がみるみる上がった。
…悩んでいたのが、馬鹿みたいだ。
これも、ダージリン嬢のお陰なのだろうか?
・ー・ー・ー・
俺には、荒御魂の女神と和御魂の女神がついている。
一人を俺を厳しく地獄に落とし、もう一人は俺を地獄から救ってくれた。
実に尊い女神様達だ。
彼女達のお陰で、俺はギルドの士官学校に入校し、周りと遜色ない実力で日々を過ごすことが出来ている。
…
ある日、夏季講習を大過なく過ごしていた俺とレイに、学校長から依頼が来た。
学校長室に呼び出され、直々に依頼の説明を受ける。
最近、女子寮の風呂場の窓外を彷徨く不審者がいるらしいとの噂があるという。
その真偽を調べ、もし不埒者がいたら確保若しくは処分して欲しいとのことで、「…周りが海だと処分の方が楽だな。」との学校長の呟きは聞かない振りをした。
われら(仮)アールグレイ騎士団は、なるべく殺処分は回避する方針なのだ。
それにしても、この学校長は剣呑だ。
これは、暗に面倒だから、もし見つけたらお前らで適当に処分しとけと言っているように俺には聞こえた。
女子寮の事案なのに女子学生に依頼しないのか?とのレイの質問には、学校長から、か弱い女子に変態の相手をさせるのかね?と反問された。
…か弱い?
そう言えば、学校長も女性だ。
…。 …。
しかし、俺は学んでいる。
ここは、疑問を質問してはいけない場面だ。
多分、二度目は俺の生命はない。
友情に厚いレイでも、この学校長を止めることはかなうまい。
俺達は、学校長の依頼を快く引き受けた。