[閑話休題]クール・アッサムの近況(後編)
…心情を吐露した。
実際のところ、武術家としては頭打ちで、ハクバ山以降、実力は上がっていない。
巷の武術の師にも、師事してみたが、つらく苦しい理不尽な修行を経験しただけで武力は上がらず、俺の実力とは、この程度なのかと、内心諦めが入っている。
ただ、俺は納得できないのだ。
所詮、俺はこれまでの人間であることを。
アールちゃんが相槌を打ってくれる度に、今まで思うことさえ憚れていた心情がスルスルと、口に出していた。
婦女子に、このような泣き言を言うのは、情け無いが、アールちゃんは俺の師匠でもある…絆を作りたくてレイの真似して師匠呼びしてるだけであるが…それでも俺が一目置いているのは本当だ。
可愛くて、強くて、優しい、最高だ。
…
最後の方は、愚痴になり、好きな娘にもアプローチしてるのに振り向いてくれないし、田舎帰って畑でも耕して暮らそうかな…などと話すくだりで、チラッとアールちゃんの様子をみる。
好きな娘のあたりで反応なしは、ガッカリだが、アールちゃんは、顎に指先を置いて、俺の話を真剣に聞いて考えてくれていた。
反対にダージリン嬢は、お礼に俺が頼んだ紅茶とケーキのセットに舌鼓を打っていて、全く聞いてる様子はない。
少し、ムッとする。
そりゃ、あんたには関係ない話しだろうさ。
でも、俺がここまで真剣に心情を吐露してるのだから、もう少し聞く態度があるんじゃないか?
内心で、理不尽と思いながらも毒吐く。
実際、ダージリン嬢にとって、俺の苦境や心情など、まるで関係ない話だ。
しかし、ここまで無関心な様を見せられると面白くはない。
…
…ダージリン嬢など、不幸になればいいのに。
(ソウサ、チキチキ、他人のフコウが己れのシアワセ…ケケケケケ)
耳元から、何か聴こえたような気がした。
美人で才媛と評判の冒険者ギルドの受付嬢。
一説によると若手のギルド幹部候補生という噂も聞く。
どちらにしても将来は悠々自適であるに違いない。
それに比べて俺は、このまま同期生達が皆、出世していくのを、指を咥えたまま見送り、将来は万年ブルーのオッサンとして、新米からほどほどに頼りにされながら、変わり映えしない日常を、「昔は良かった…俺の若い頃は…」などと愚痴を言って、若手に敬遠されながら一生を過ごすのだろう。
心が弱々しく震え、景色が黒点に染まっていく。
自分の芯が、なにやら捩れるような、自分じゃないものになる気がした。
妬ましい…この俺が、こんなにも苦労して、これから不幸になるというのに、この女の将来は幸せに満ちている。
…ネタマシイ、フコウニナレバイイノニ
「…クール曹長、クール君、大丈夫?!」
気がつけば、アールちゃんから、肩を揺すられていた。
どうやら、俺は急に黙って応答しなくなったらしい…あれ?俺、今、なんか思っていた?かな?
アールちゃんが心配そうに俺の顔を覗き込む。
おお…間近に見るアールちゃん、超可愛いー!
興奮して鼻血が出そう。
その光り輝くオーラで心身が浄化されてしまいそうだ。
ありがたーき幸せー!
幸福感で、身体が震え痺れちまう。
(ギョヤー…ナンジャコリャーマブシー…キエリュ…ギャー!)
あれ?なんとなく心の内がクリアになる気がした。
ガシャン。
カップをソーサーに置いた音にハッとする。
ダージリン嬢が紅茶を飲み終わったらしい。
「まあ、あれね。あなたが弱っちー理由が良く分かったわ。」
俺が弱い理由が分かっただと…?
なんだかわからんが凄い自信ある態度だ。
「その糞メンタルが原因ね。仮にもギルドのブルーに上がってきた者達なんて、才能や身体や努力なんて当たり前にあるんだから、皆んな一緒よ。違いはあなたのその意志よ!」
「意志?!やる気や意志ならば人一倍あるぜ!」
「見せ掛けよ。自分の内心と正面から向き合い、弱さを認めなければ、芯のある強さは身に付かない。くだらないチンケなプライドに縋りつきながら、俺は悪くないと泣き喚いてる子供…それが貴方よ!…あらら、ちょっとこのケーキ私には甘すぎるわね。」
「お、俺は…」
俺は悪くないと言い掛けて、ダージリン嬢の今の指摘どおりの言動であると気づき、途中で押し黙った。
いや…違う。内省ならやっているし。
俺が、今までやって来た修行は正しい。
その成果で、俺はブルーまでのし上がった。
戦いもしない事務職の女が、賢し気に何言ってやがる。
俺のこと分かりもしないくせに。
「自分の間違いを認める勇気…今まで努力し苦労して培った形を壊す勇気…他者の意見に素直に耳従う勇気…貴方に足りないのは、自分以外に目を向け耳従い、新しきものを取り入れる勇気ある意志よ!同じ場所で足踏みしてるのは当然ね。だって貴方一歩も進もうとしてないもの。…ここまで言っても自己弁明して、自分を守ろうとするならば、一生大人にはなれないわね。貴方の言ってるのは全部自分のことばかり。殻の中で自分に都合の良い夢を見てなさい。口を開けばアールグレイ少尉の優しさに甘えて愚痴ばかり。…大の男がみっともない。少尉に甘えて依存して縋りつき助けを勝手に期待して、要求して、それで独りよがりの期待を裏切られたらどうするのかしら?少尉を責めるのかしら?貴方、それでも男なの?!男なら好きな女を護り救けることを考えなさい!」
メチャクチャだ!この女…本当…だとしても、普通そこまで言うかぁ?!
しかし、俺はそれでも抗弁しようとしたが…言葉が出なかった。
おそらく絶句とは、この状態を言うのだろう。
ここまで言われたのは生まれて初めてだ。
俺を退学から守ろうと土下座までした母を思い出した。
少し前には、そこまでするかと完膚なきまで俺を模擬戦で叩きのめしたアールちゃん…そして今、ダージリン嬢が、その鋭い舌鋒で俺の心をズタボロにしてくる。
三者三様だが、彼女達からしてみたら、何の得にもなりゃしない行動だ。
だったら…何のために?
…
ああ、馬鹿な俺にだって分かる。
全部、俺のためじゃないか。
俺は…情けなくも、それでも、言い返そうとした。
…
けれど…みんな…ダージリン嬢の言う通りなんだ。
俺は、今まで真実から顔を背けていた。
不調や不幸の原因を、俺以外のせいにしていた…アールちゃんの優しさに甘えて、勝手に期待して助けを求めていた…はははっ、確かに逆だろう。ダージリン嬢の俺に対する子供呼ばわりは腹が立ったが、事実を指摘されると、その通りなので、ぐうの音も出なかった。
悔しくて、苦い思いで、俯いたまま…涙がポロポロ出た。
情けない情けない…ここまで言われても、なお俺は自分のことばかり考えている。
「…人は誰しも弱いわ。完璧な人間なんていない。私も…失敗ばかり。人は社会に出て自分が大した人間ではないと思い知る。貴方は、なまじっか少し出来たばかりに今まで挫折したことがなかったんじゃないの?誰でも経験して大人になるのにね。」
え?!…皆んな経験してたの?
面を上げて、ダージリン嬢を見る。
ダージリン嬢は、あさっての方を見ながらお代わりの紅茶を、飲んでいた。
アールちゃんも、俺から視線を外してくれていた。
ああ…これが彼女達の優しさであることに気がついた。
ティッシュを出して鼻をかみ、卓上のウェットティッシュで顔を拭いて、整える。
同年代の彼女達が、とても大人に見えた。