秘密の花園
アールグレイ少尉…彼女との出逢いを例えるならば、誰も来ないような山あいに迷い込んだところ、山間の樹木が突如開けて、隠れていた花園を見出したような…そんな驚きに満ちていた。
ああ、なんて…綺麗なのだろう。
今でも思い出すと、月下に照らされ、朧に輝く彼女は、人を魅了する妖精や神秘的な月の精霊を彷彿とさせ、月並みな言い方ながら本当に綺麗であった。
このまま儚く消えてしまうのではないかと心配するほどに。
小生意気で粗野な平民の女と先入観から下に見ていた自分が、今ではとても恥ずかしい。
我は、最初から取るに足らぬ獣まじりの平民と決めつけて、その人の本質を見ようともしなかった。
こんな曇った視野で、周りを見極められるわけがない。
今なら分かる。
狭い世界で貴族であると優越感に凝り固まった狭量な自分のなんと愚かなことか。
彼女を見出したことで、我は世界の広さを知った。
硬い卵の中で生かされてきた未熟者の我を、彼女が殻を割り、外に連れ出してくれたのだ。
我の名前は、ソニア・シグムント・バーレイ。
この歳で、ようやく自分が愚かであると知った唯の情けない男だ。
雛がはじめて見るものを、親と認識して懐くように、我は割れた自分の殻から覗き見えたアールグレイ少尉を特別な存在として恋慕するようになった。
ああ…彼女は、なんて可愛らしく魅力的なのだろう。
そんな彼女の見た目は、我と同い歳だと知ったが、幼く16.7歳の歳下のように見えた。
まさに蕾が花開き始めた少女の匂うほどの美しさに、クラクラ酔いしれてしまう。
見つめていれば、彼女の魅力的な身体のアチコチが自然に眼に入り、幼い見た目の割に膨らんだ胸元や、その下のクビレと、張りのある柔らかそうな曲線を描く臀部に、いつの間にか視線を這うように堪能している自分に気づく。
これは、イカンと視線を上に戻すと、彼女と目が会い、はにかんだ微笑みを向けられ動揺する。
純心な愛らしい微笑み…誤解してはいけない。彼女は、たまたま視線が合った同級生に親しみを込めた表情をしただけなのだ。
いや、我は、ただ君を見つめていたかっただけで、嫌らしい気持ちは一切なかったつもりだが、君の身体の何処に視線をずらし見ても、あまりにも魅力的過ぎて、自然に、そう健全な男ならば自然に煩悩が頭をもたげてしまっただけなんだと、自分で自分に言い訳する。
ああ…なんて君の魅力は罪深く可愛いのだろう。
抱き締めたい…ギュと抱き締めて、君の匂いを思い切り嗅いで、君の存在を堪能したい欲望を我慢する。
不可抗力でなければ未婚の女性を、そんな風にするなど無理な話しであろう。
残念な気持ちに…シュンと心が沈む。
しかし、以前一度だけ彼女を抱き締めてしまったことがあった。
任務で森の中を進んでいた際、転びそうになった我を、彼女が咄嗟に支えてくれたのだ。
そのとき我は、無意識に支えてくれたアールグレイ少尉を抱き締めてしまったのだ。
我の身体にスッポリおさまるように小さい彼女の身体は、何処を掴んでも触っても柔らかく、彼女の身体からは鼻腔をくすぐるような、柑橘系のとても良い匂いがした。
あまりにも心地良い感触と至福の香りに放心し…彼女から声を掛けられるまで抱き締めたまま、時を忘れ彼女を堪能してしまったのだ。
うむ…あれは、良かった。
不可抗力だから仕方なかったし。
我にも、当初はいやらしい気持ちはなかったからな。彼女にしても善意からの咄嗟の行動だったのだ。
でなければ、普段、真面目で清楚な彼女のことだから、咄嗟の事故でなければ、我が彼女に触れることはかなわなかったであろう。
以来我の彼女の印象は逆転するほど変わってしまった。
しかし、あの至福の時…もう一度チャンスは、なかろうかとソワソワしてしまう。
一度味わってしまった幸福は忘れられない。
この我の今の気持ちは…憧れと、崇敬と、それから、す、好きと不純な欲望が混じったもの。
ああ、彼女と結ばれたならば…考えただけで喜びに震えた。
…
そうだ!我と結婚すれば良い。
彼女が、頷いてくれればの話であるが。
だが生粋の貴族の嫡男である我と、役職上騎士と同列とされるも平民である彼女では、身分上釣り合うだろうか?
…
うむ、ありだな。
我の実家は、貴族と言っても下級貴族に分類され、平民とも接する機会は多い。
クシャの家のように厳しい家風とも違い、新しい血を入れるにも鷹揚だ。
事実、我の祖母は、騎士家の娘で実質平民であった。
騎士格であるアールグレイ少尉なら、問題ない。
…なによりとにかく可愛い。
あの高潔な意志は、騎士を多く輩出している我が家の家風にも合うだろう。
父上も、きっと気に入ってくれるに違いない。
是非、前向きに検討していきたい。
…なによりとても可愛いし。
グッドなアイデアに晴れやかな気持ちになりながら、彼女の方を見れば、(ん?何か僕に用事かな?)と親しみを込めた表情を向けられた。
…やはり、彼女は可愛い。
試しに今日の授業で習った、瞳術の一種である心意伝達術を使用したが伝わらなかった…なかなかに難しいものだな。
そんなことを考えたり、彼女や仲間と大過なく日々を過ごしているうちに、親友のクシャの様子がおかしいことに気がついた。