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アールグレイの日常  作者: さくら
アールグレイ士官学校入校する
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出良いは突然に…②

 人生とは錯綜するもの。


 彼女と初めて会った印象は、平民の癖に貴族に逆らう地味で可愛げのない女であった。


 平民の女の癖に、貴族の私に逆らうとは生意気な!


 教室で、時間に遅れてきた犬獣人を躾けてやろうと親切にも声を掛けたら、突然女が割って入って来たのだ。


 …なんたる不躾で無礼な女だ。


 貴族たる私が犬の躾けの最中に、妨げる平民がいるとは信じがたいが、平民の中でも些少でも実力があると過信した者が、貴族に逆らえると勘違いしたのだろう。


 なんたる不敬…間違いは正さなければならない。


 カッと頭に血が昇り、斬って捨てようとも思ったが、その女がレッドの制服を着用してると気づき、平民でもギルドのレッドは騎士と同格であるとの不文律があるのを思い出し、怒気を和らげた。

 つまり、この女は、生粋の貴族ではないが、最低限の貴族と同格とされた平民であるか…ならば、直答は許してやろう。

 だが、貴族たる私にたかが平民が逆らうのは許せん。

 この女も、躾けてやらねばならない。

 そしてこれは、貴族の義務でもある。


 だが、この女は、弁が達者で、私の弁論はことごとく否定され、更にはクシャ家の歴史をも精通し、揚げ足を取ってくる始末。


 ぐ!…平民の癖に、私の知らない知識まで精通しているとは生意気な!

 そう思い、今まで軽く見ていた認識を改めて、初めて、その女を直視した。


 …パリンッ。


 突然硝子が割れた音が聴こえ、その直後に、犬獣人を背中に庇って、私を真正面に見すえる彼女の姿が眼に飛び込んできた。

 その姿は、窓からの陽の光で、スポットライトのように照らされていた。

 

 う…美しい。


 少し柳眉が上がったまなじりさえ、戦いの女神アマネのように凛々しく綺麗だ。

 全体的に優美さを感じる曲線美に、抱きしめたくなるような愛おしさをいだいた。

 その潤んだ黒瞳の生命力迸る眼差しに圧倒され、私は硬直し、声を失った。

 清冽な神々しさの中に、艶やかで魅力的な人間らしさを感じる…惹きつけられた眼が離せない。


 こ、これは、神の化身か、悪魔が人を誘惑するための現し身なのか?!


 彼女から放たれた光りのオーケストラのような魅力の波動に圧倒され、驚愕した。

 それからはシドロモドロとなって、何を言ったのか覚えていないが、しばらくして腰を抜かしたように力が抜け、座席に腰を下ろしたのは覚えている。



 …



 以来、彼女から眼が離せなくなり、観察するようになった。

 彼女の名前は、アルフィン・アルファルファ・アール・グレイ。

 父上に頼んで、超重要機密扱いと捩じ込み軍の情報網を使い彼女を調べたところ、今でこそ、彼女の家格は平民に過ぎないが、先祖をたどれば、今では失われた始原の家名24家の一つであるグレイ家に辿り着くことが分かった。

 始原の家名とは古代の時代に興隆した、とても古い由緒ある古家(クー・ジャー)である。

 古家は、今でこそ貴族に列せられてはいないが、王族、貴族の原型とされ、判明すれば、高位貴族でさえ、一礼を欠かせないほどの(いにしえ)の名家である。


 な、なるほど、私を圧倒したあの崇高かつ優雅で惹きつける気品は、(いにしえ)の姫君たる由縁から来てるのか。


 …まさに処世に埋もれた星であったか。


 どおりで高位貴族のアレクサンドリア様やエペ侯爵家の姫君とも、見劣りせずに対等におつきあいしているはずだ。

 だが彼女は、身分階級など存在しないかのように、他の平民や下賤な獣人らとも親しく交流していた。

 …なんて心広く優しいのだ。

 見ていると、いつもの彼女は、最初に会った時の凛々しさはなりを潜め、優しい眼差しを周囲にふりまいている。

 どうやら、あの時の彼女の表情は(まれ)で、この慈愛の表情こそ、普段の彼女らしい。


 彼女の美しさに眼が離せなくなり、観察しているうちに彼女の内面の美しさにも私は気がついた。

 彼女の周囲を気遣う慈愛から発する普段の行動に気づいた時には、心が震えたものだ。

 美しい人とは、中身も美しくなるのだろうか?!

 それとも、魂の美しさが、身体にまで影響してるのだろうか?!


 彼女の過去を調べあげ、その勇気と慈愛に満ちた行動の経歴を知るにつけ、益々彼女に惹きつけられるようななったが、現実の彼女とは、あれから上手く話せてはいない。

 胸の内がモヤモヤとしながらも、一緒に居たいと思うようになり、教室内で距離的には近くにはいるものの、益々話す機会はなくなっていった。

 

 彼女は、私をどう思っているのだろうか?

 

 夜空の月を観ながら、溜め息を吐く数が増え続け、この気持ちが何なのか分からぬままに、月日が過ぎていった。



 …






 そしてある時、気がついた。

 彼女は、敵対した私のことなど眼中になく、獣人ども達よりも気に留めてないことを。

 そして、このまま講習が終わったならば、彼女とは永遠の別れであることを。


 彼女を思う切なさ苦しさが、憎らしい気持ちに切り替わった瞬間であった。

 私を一顧だにしない彼女が悪いように思えた。

 このまま私に振り向かずにお別れするくらいなら、いっそのこと力尽くで私のものにしてもいいのでは?

 彼女の家は、古家とはいえ、今は平民に過ぎない。

 男爵家の権力にものを言わせて、私だけのものにしてしまえばいい。

 …大切にする。

 私ならば一生彼女を愛しみ大切にする。

 それならば彼女も幸せのはずだ。



 その考えが、とても良い考えのように、その時は思えた。







 


 

 

 

 

 



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