廃墟
おおっ、なんという壮観な景色でしょう。
壮大な青空の背景に、崩れた人工物の灰色と樹木の緑が映える。
細かく目を移す。
錆びついた鉄塔に巻き付く草花。
崩れたビルを貫く樹木。
古き人工的な建物に、新しい命の樹木草花が、貫き巻きつき一体となっている。
……素晴らしい。
自然と人工の融合の美しさ、更に、なんというか、年輪というか、年月というか、人類の歴史を越えた悠久の時の流れを感じて恍惚としてしまいます。
クズクズに錆びて崩れ落ちた鉄塔の残骸らしきもの…半ば砂利と化した元はコンクリート製の建物だったことを彷彿とさせる岩…元は何らかの人工物だと思われた固形物体、それら人工的な物が樹木や蔓や草花の自然物に覆われ、巻き付かれ、呑まれてしまっている…。
自然の中に、そこかしこに僅かに垣間見える…人の営み。
意味がある、混然とした何かがここにあるのが感じられる。
僕は半分瞼を閉じ、目前の光景を焼き付けながら、悠久の時の流れに思いを馳せるのだ。
…
思わず両手をギュッと握りしめる。
胸が、ジーンとして、ポワポワとします。
…これって浪漫ですよね。
ああ、僕、何だか、とっても感動です。
…そ、そうだ!…記念に写真を撮っておこう。よし!
「軍曹、アールグレイ軍曹。」
ま、まずはこの鉄塔をロングから…
「軍曹殿!」
はっ、この声は…
「何かな、セイロン兵長。」
ドキッとしながら反射的に返事する。
えっ、なにかな、なにかな?
もしかして、もしかしたら、君も、この浪漫を感じたのかな?
同士なら一緒に写真撮る?
口元を引き締めて、微笑むのを我慢しながら兵長の方に振り向いた。
「軍曹、第一ポイント到着です。指揮命令を。」
そこには真面目な顔で言うセイロン兵長がいた。
一気に現実に戻った気分。
…ああ、…そうでしたね。
…少し興奮してしまいました。溜め息をつく。
ちょっとガッカリ。
お仕事しなくちゃ…やれやれデス。
兵長の冷静な言葉に水を差された気分。
気を取り直して、必要な指示を出す。
「後続の少尉殿に到着の無線報告。周囲100メートル内の検索開始。拠点とする場所を探せ。10分後に集合。」
「了解。」「了解です。」「了解っす。」
セイロンが無線報告した後、それぞれ四方に散る。
皆が出発したのを見届けてから、僕も検索に移る。
5分後に振動して知らせるよう端末をセットしてと。
僕は、戻る方向へと検索をかける。
足を踏みしめて、一歩一歩確実に進む。草木の生い茂る場所は、組んで杖にしたもので、突っついてみたりする。
…
空は晴れ上がり、まさに散歩日和。
未知の土地を自分の足で行く。
…楽しいな。
周りの景色を、匂いを、そよ風を感じる。
青い空、白い雲、流れいく風を肌で感じる。
暑い、陽射しが暑い。
時たま、雲で陰って、涼しい風が吹く。
そこそこで、陽射しに負けず植物が繁茂している。
緑が光りに照らされて、とっても鮮やかな彩りに見える。
ああ、来て良かったなぁ…。
もし、僕が学者を志していたら、絶対フィールドワークは欠かせないよね。
うーん、惜しいが僕には専門知識が無いし、細かい事は性格に合わないので、諦めました。
しかし、学者の補助とか、護衛とか、ガイドとかの依頼ならば受けて、一緒に行くのも良い手かも。
けれども、その手の依頼は報酬が少ないのだ。
少ないなんてもんじゃない、雀の涙、ボランティアだよ。
…何故?
断腸の思いで諦めてました。
残念、無念であります。
…しかしながら、たまになら良いよね。
今回探索するこの場所は、危険度が高い分、報酬も割とお高めだし。
でも危険度を考えたら、この報酬は少ないけど。
気持ちの上で、仕事兼バカンスと考えればよい。
もちろん仕事は、きっちりやるし。
仕事はちゃんとやり切った上で、バカンス気分を満喫するのだ。
未知なる土地、未知なる植生の植物、そして、未知なる生物と現象に思いを馳せる。
素晴らしい…ワクワクする。
未知なるものを端緒として、己の中の未知なる法則に気づき、新たなものをつくりあげることは、嬉しい。
つまり未知なるインプットで、己れを変化させるのだ。
なにより、多少なりとも報酬をいただき、ある程度自由に動けることが、お得感があります。
ああ、…僕、ギルドに登録して本当に良かった。
だって、危険手当もつくし、保険も自動加入だし、入院しても治療費、入院費、諸経費もある程度保障してくれる。
これは、大事なことだよ。
何故なら、人はバイオリズムもあるし、いつも本調子とは限らないから。
だから、調子最低の時を、自分基準にして考えなければならない。
今世の僕の人生訓は、命は大事にです。
日々の生活を大事にして人生を謳歌するのだ。
だから危険は察知したら、僕は真っ先に逃げます。
…
10分間、慎重に異常無いことを確認して、元の場所に戻る。
ふふ…自然も満喫しました。
散開して検索していた黒星達も、無事に戻る。
よしよし。異常無しです。
異常無し…良い言葉です。
どうやら周りに危険生物等は生息してないと分かりました。
…車のエンジン音が聞こえる。
どうやら、後続車のアリ少尉達が乗った車両が、まもなく到着するようですね。
車が来る方を見ると、土煙りが上がっていた。
更に遠く僕が来た遠方の都心方向を見る。
…ああ、思えば遠くに来たものだ。
僕には前世の記憶がある。
今と全く心も性格も身体も全く違う前世の僕の記憶が。
この廃墟都市に住んでいた記憶すらある。
そう…昔は確かキチジョージと言ったっけ?
これは僕の魂の記憶だ。
その道のりの長さは人の一生分以上、まさに悠久の歴史。
…面白い、面白い。
自分の身体を抱きしめる。
まあ、おいおい、少しずつ僕の知る限りのことは話そうと思う。