第三王子と聖騎士は、夜の散策(後編)
植え込みに咄嗟に隠れた。
暗闇に植え込みだから、全く周囲が見えない。
自分の息遣いが大きく聴こえるが、ダムダの無駄な息遣いの気配もした。
どうやら、大きな図体を植え込みが上手に隠してくれたらしい。
遠くから近づいて来たのか徐々に会話がボソボソと聴こえてきた。
どうやら男の二人組らしい。
聞き取りにくいので、耳を側立てる。
「…オシリー卿よ、今宵は美術鑑賞会に誘っていただき恐悦至極にございますなぁ…グフ。」
「ウムウム、お尻を鑑賞し愛でるお尻道の道は険しいですぞ。オッパー卿よ。」
「わたくしは、お尻も愛でたいですが、一押しは…コチラですから!ただバランスからお尻も鑑賞の範囲内であります。」
「確かに…コレも柔らかさといい曲線美といいお尻に匹敵する美しさを秘めてますな。うんうん、分かりますぞ。…さあ、オッパー卿、ここが窓を少し開くだけで、どちらも鑑賞できる特等席ですぞ。但し、窓に掛けられているこの固定術式が厄介でしてなぁ。解除するため、オッパー卿の至高レベル魔術解析能力が必要なのです。」
「オオー、なるほどなるほど。この術式は難解ですな。だがこの内側から聴こえる艶く声と想像をかきたてる曇りガラスにうつる影が、たまらん。オシリー卿よ、ありがとう。この周りが自然に恵まれたこの地で、女性美を鑑賞できる…素晴らしい…いいでしょう。魔術師の中でも最高レベルの魔術解析能力を持つ、このわたくしの力を貸しましょう。」
「オオー!やってくれますか?!ならばオッパー卿の解析結果を基に、私の膨大かつ繊細な魔法力を駆使して、新たな解除魔法術式を創り出しましょうぞ。わたしらが強力タッグを組めば、こんな防御術式などチョチョイのチョイじゃ。」
…
な、なんじゃ?コイツらは?
学校内にいる部外者はわしらだけのはず。
ならば、この不埒な会話をしているバカ者どもは、入校中のギルドの士官候補生達なのか?
近年、ギルドの質は上がっており、ギルドの士官たるレッドは、騎士を凌駕する強さと、貴族に匹敵する教養と格を持ちうることから、騎士と同格とされ、護民の騎士と謳われていると聞いているが…?
少しビックリして、植え込みの隙間から覗くと、大の男二人が固く握手を交わしていた。
男達は、ジェスチャーで、盛んに胸の形を表現して、小さいのも風情があるとか、大きいのが至高だとか、胸と尻の黄金比がどうとか、盛り上がっている。
…???
催事のおり見たギルドの女性士官は、美しくも超優秀であるとの印象であったが、男の方は人品劣るのかのう…?
だが、近しいよく知っている聖騎士の為人を思い起こし、男の場合は、強さや優秀さとスケベ具合は関係ないのかと思い至り、評価は保留とした。
先入観や決めつけは、判断を誤らせるからのう。
しかし、見聞きした状況に、些か馬鹿らしい思いに駆られたところで、われとダムダ以外の気配に、気がつきギョッとした。
…?!
直近に気配が二つ…ある。
植え込みの中の暗闇で姿は分からぬが、うち一人は同じ植え込みにいるにも関わらず気配が薄い。
まるで植物と見紛うほどで、隣りに居なければ気づかないほどの恐るべき練度の隠形術だと悟り、われは正体不明の気配に戦慄した。
だ、誰か…!?
だが…ダムダは、動かない。
今は動かず、このまま隠れているのが吉なのか?
われの心臓が早鐘を打っている。
こと戦闘に限り、この聖騎士は信頼できる。
考えてみれば、ここはギルドの士官学校の校内であるから、われら以外は、ギルドの士官候補生か教職員しかいない。
…冒険者ギルドの規律は厳しく、職業意識は高い。
自営業でありながら準公務員でもあるから、王家には、形式的ながら忠誠は誓っているはず。
味方になることあれ、敵対はしないだろう。
「…ムム、オシリー卿、こ、これは手強いですな。強度な固定術式に更に高度の認識阻害も掛けられておりますぞ。」
「ナニー!極秘機密に掛けるような高度な術式を窓に掛けているとは、ギルドめ、何を考えているのだ!?ガンバですぞ、オッパー卿。」
ドキドキしながらも、新しく来た男二人の会話は続いていた。
…なんなのだ?この訳の分からぬ状況は?
すると、またも遠くから、誰かが近づいて来る気配を感じた。
「ムムー、大変ですぞ、オッパー卿、誰か来ますぞ?!」
「ヤー、それはマズイですな、オシリー卿、ここは隠れなくては。」
「其処な近場の植え込みに避難ですぞ!」
「はやく、はやく、見つかってバレたら我らのイメージが傷ついてしまう。」
な、なにー?!
ま、まさか、こいつら、此処に隠れるつもりか?!