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アールグレイの日常  作者: さくら
アールグレイ士官学校入校する
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第三王子と聖騎士は夜の散策。(前編)

 「ジャンケンでござるな?」

 面前近く真剣な面持ちで、われに問いかける護衛役の男の鼻息が荒い。


 は?


 さっきまで執拗に風呂場の窓枠を調べていたこの巨体な男は、われの護衛役であり、武術教師でもある光り教会から派遣されて来た…なんと聖騎士である。

 喋らず動かなければ、見目良く立派な聖騎士に見えないこともない。

 アッサム王家では、光りの教会を信奉しており、日頃の寄進等の御礼名目で、教会が王子の教師役担当を送り付けて来るのだ。


 …来てしまった者は、もはやしょうがない。


 諦観の境地で、諦めている。

 護衛兼教師担当の守役は、われにとっては、超重要なポストではあるが、三番目の王子までくると、教会も人材をケチったのか、このある意味トンデモない男を送り付けて来た。

 それが、この男、ダムダ・アカジュ・クルーゾだ。


 この男は、時にわれに分からぬ事を言う。

 世の中は、広く、生まれ落ちて弱冠20歳にも満たぬわれの知らないことなど多いにあろうかとも思うが、今回の質問は、この男の固有の思考形態から生まれたものに間違いはないことは、今までの経験から分かっていた。

 しばし思考するが…質問の意図が掴みかねた。


 いったい今、何故ジャンケンなのか?


 省略し過ぎの脈絡のない言葉から、この男の思考を類推するは、いかな付き合いがソコソコ長いわれでも困難をきわめる。


 …って言うか、全然意図が掴めぬ。


 この男は、自分が発した言葉だけで、相手が当然理解出来ると思っている節がある。

 …不可能だ…前情報が全然足りない。

 常々、その点を指摘して直せと申しているのに、直そうとしない。

 そればかりか、当然理解できぬ相手方を、馬鹿にして下に見てる節もある。

 今もそう…唇をへの字にして、鼻で笑うような変顔の呆れたような顔つきで、われを上から目線で、ナチュラルに見下してきている。


 われは鷹揚であると自負するところであり、滅多には、怒らない。

 怒っても疲れるだけで、何の得もなく、不利益を被る可能性が高いからだが、そんな、われでも、この男の今の顔つきには、イラっときた。

 流石に、バカにバカにされると如何なわれでも胸中が騒つくのだなぁと冷静に、診断した。

 もしかして、この男は、自分が頭が良いと勘違いしている?

 いや…まさか。

 ダムダのバカ強さは、認めているが、その頭脳は優秀とは言い難い。

 せいぜいが小狡いとしか形容できない。

 自己の欲望に忠実で、その願望を達成するに一切の迷いや葛藤なく手段を選ばない。

 きっと、この男の強さとは、その迷いない欲望一直線なところから来るのだろうな。


 …ある意味羨ましい。


 われの多少の感情のサザナミは、しばらくの間、目前の鼻息荒い男を俯瞰して観ていたら、直ぐに凪いだ。

 だいだいがダムダの曲がりくねった思考を、その断片的な言葉だけで読み解くのは、不可能だ。

 われは、聖騎士の意図を理解するのを諦めた。


 溜め息を一つつく。

 

 そもそも悶々とした気持ちを晴らすために、夜空の散策で夜風に当たり、火照った頭を冷やそうと、空馬に乗って夜空を駆け抜けたが、…彼女の居るギルドの士官学校ある地へと、いつの間にかここまで来てしまったのは、意図したものではない。

 

 ああ、この心の衝動が、色恋だとは分からぬ。

 もし彼女を好きかどうかと問われれば、嫌いではないし、…好きなタイプかもしれん。

 …

 だがしかし、だいたい美人を嫌いな男はいないだろうから、自分の気持ちを判別する参考にならない。

 これまで、われの周りにいる女は、おとなしく静かな口数少ない者ばかりで、綺麗だが…興味惹かれるものではなかった。


 だが、あのギルドの女と一瞬眼が合ったとき、眩しいキラキラとした瞳から、静かながらも強烈な思念の奔流がわれに語りかけて気がしたのだ。

 「…この世界には、あなたの知らない未知なる景色があるの。それは、ただ唯々諾々と今の現状に流されていたのでは、決して見ることの叶わぬもの。あなたの本心は、今のままで良いのですか?」と。

 …衝撃だった。

 それは未知なる美しさに惑わされた、われの幻聴かもしれん。

 だがわれは確かに、あの女に出逢い、目が合った一瞬で、心臓を撃ち抜かれたような衝撃を受けたのは事実なのだ。


 ああ…天使の清浄なる美しさが凝縮して人の形となした中に、自然の獣の猛々しさ逞しさを内に秘めたような…不思議な女であったなぁ。


 風の精霊と言われても納得するような輝くような不思議な神々しさと、歳上なのに可愛らしく、それでいて女性らしい艶やかな魅了に強烈に心惹かれてしまったのは否定できない。


 このような気持ちは、初めてなので、よく分からぬ。

 だが、もう一度会ってはみたい…無意識にこの場所に来てしまったのは、きっと、そういうことなのだろう。

 陽が落ちた暗がりで、女人の元に通うのは、誤解を招く元かも知れないが、ここまで来たからには、せめて一目会いたい。


 キュッと胸が切なくなった。


 会えば、きっと自分の気持ちが何なのか分かる気がするのだ。



 …



 風呂場の内から、女人の嬌声が聴こえて来て、ハッとする。


 当てもなく彷徨いて、此処まで来たが、ある意味彼女に近い場所に来たのは当たりであり、風呂場では流石に会えない点ではハズレである。

 覗きと誤解される畏れもある。

 ここは、早急に立ち去り、他の出入口を探すのが吉であろう。


 「殿下、ジャンケンでござれば、わたしは負けませんぞ。いざ尋常に勝負でござるよ。さあ、さあ!」

 鼻息荒く興奮しながら、女子の風呂場の方を、チラチラさかんに気にしている。


 ん?


 …此奴、まさか、風呂場を覗こうとしているのではないか…?いや、まさか、しかし…

 途端にダムダがわれの元に来てから今までの言動の記憶が、こやつの感情丸わかりの顔つきと共にフラッシュバックした映像が浮かんだ。


 …


 ああ!!…あり得る、この男ならば!


 一般市民でも、覗きは良くないのは当たり前だし、ましてや聖職者が覗くのは、通常あり得ない。

 そう、あり得ないのだ。

 だが、この男、ダムダ・クルーゾならば、あり得るのだと、今…閃いた。

 ダムダが、「王子といえど、高窓の一番席は譲りませんぞ!さあさあ、いざ勝負!」などと、ワクワクした興奮した顔つきで、さかんに言ってくるのを、最悪な状況であると徐々に認識した。


 すると、われは、覗きの共犯者…なのか?

 …

  …

    …

 ま、まずい、まずいぞ!

 仮にも一都市の王子が、覗き犯などとレッテルを貼られでもしたら、政治的に失脚である。

 それよりも、彼女に、ヤル気満々のダムダと共にいる今のわれの姿を見られでもしたら…


 …最悪だぁ!!


 誤解とはいえ、恥ずかしすぎるし、彼女にそう思われると考えるだけで絶望的な気分に落ち込む。

 い、いかんぞ。

 この位置どりは、疑われても仕方ない…一刻も早くこの場所から、離れなくては!!








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