星の降る夜の話⑩
少尉殿とのあの邂逅以来、日常に奇跡は転がっているのが、この俺の、ルフナ・セイロンの持論となった。
この日常の風景は、奇跡で成り立っている。
普段、それに気がつかないのは、眼は見ているのに、心が見えてないだけなのだ。
それを教えてくれた少尉殿に対し、俺は敬愛と崇敬の念を自然と抱いた。
この気持ちは、懐かしき故郷を思い出し、胸をかきむしるような切なく哀しいけど暖かい気持ちに似ている。
その…俺の大切な少尉殿が狙われていると聞いた。
冷徹な蒼白い炎のような怒りが、俺の内面を噴き上がる。
クソが!ハロルド・クシャめ。
少尉殿に憧れ惚れる気持ちは、俺にも痛いほどに分かる。
だがな、力ずくで少尉殿をものにしようなどと画策するとは、万死に価する愚考だ!
実行前に知れたのは本当に良かった。
無論、少尉殿ならば、そのような不埒者など一蹴されるだろうが、万が一人質を取られるに準じた脅迫されたら、自己犠牲の精神が高い少尉殿は…
浮かんだ妄想を、頭を振って、瞬時に打ち消した。
…いかん。
俺の少尉殿に対する至誠の思いが煩悩に負けたかのように感じられて、不愉快になりながら、…いつぞや暗がりで着替え肌を晒した少尉殿の仄かにかおるような艶やかな身姿が脳裏に甦り、更に、おぶった際に肌を触った感触や耳朶をうつ彼女の溜め息や妙なるお声が脊髄を貫くように思いだして来て…悶々として鼻血が出そうなほどに頭に血が昇り、自分が興奮していることに気づいてしまった。
慌ててハンニャ心経を唱えて無理やり落ち着かせようとする。
だが…打ち消そうとすればするほど、気になって、魅力的な少尉殿の不埒な妄想が思い浮かんで来る。
…だ、駄目だ。
あまりにも、少尉殿が魅力的過ぎる。
もはや俺には、彼女の妄想にすら勝つことができないのか。
ああ、少尉殿を抱きしめて、…したり、…してから、…強引に服を、…して、無理やり…してから、…して、それから恥ずかしがる少尉殿を組み伏せて…してから…してみたい。
…
口に出すのも憚られる、少尉殿のいやらしい妄想が頭中を、駆け巡る。
むろん俺の妄想がいやらしいだけで、現実の少尉殿は清純な美少女のままである。
ああ、これでは、クシャの奴めと同罪ではないか?!
俺は、なんて心の弱い男なんだ。
俺は、敗北感に頭を抱えてガクリと膝を着いた。
…
…
…
ハハッ…認めようではないか…俺の卑小な心では、お年頃となった少尉殿の色づいた魅了には、到底かなうまい。
俺は白旗を掲げた。
だが、このままではいけない。
そこで、俺は、今の自分の正確な心情の有り様を、把握し承認することから始めた。
問題解決するには、実態把握が不可欠だからだ。
俺は、少尉殿が、好きか嫌いかと問えば、もちろん好きに決まっている。
尊敬してるし、敬愛していると言ってよい。
僭越ながら、これからも彼女を支え、助けてあげたい。
そして…できれば、側にいて、会話したり、御尊顔を拝謁したり、手など繋いだら、最高だ…天にも昇る心地になるかもしれない。
俺は、彼女を護り、慈しみ、幸せな笑顔でいて欲しい。
そう…俺は、彼女に幸せになって欲しいのだ。
その願いに比べたら、俺の欲望などは、どうでもよいことだ。
だが、日に日に可愛いく艶やかに魅力的な女性に華開く少尉殿の魅了には、俺は抗えないだろう。
そう…この俺にあらがう術は、ないのだ!
なぜなら、少尉殿は、最強に最高な美少女から、崇高かつ最強無比な超絶美女に変化してる最中なのだから、俺が敵うはずもない!
俺の脳内に焼きついた、現実よりも色気が増した少尉殿の艶やかな身姿は、だから、しょうがないのだ。
もはや、コレはコレで、納得するしかない。
興奮して鼻血が出ないよう鼻を押さえながら、ひとまず気持ちを落ち着かせた。
…
暗闇の森の中である現実に意識が戻ると、人が来る気配が近づいていることに、俺は気がついた。
風呂場で年相応に騒ぐ、ギルド士官学校女子寮に住まう彼女達とは違う気配である。
俺は、気持ちを切り替えて、より一層己れの気配を消して森と同化して、その者が来るのを待った。