カール・イングラム・エヴァの健全な日常(続編)
アレクサンドリア准尉の話を、聞きました。
フムフム…なるほど…。
…
その男は、万死に価しますね。
過弱き乙女を、邪な妄想のはけ口の犠牲には出来ないのは確かで、私の中で貴族への評価が又一段下がった。
これでは、貴族ではなく腐族ですね。
冷静に男の貴族に対して軽蔑の念が湧く。
変態貴族に執着されるなど、己れの身になって考えれば、寒気がする話です。
…嫌すぎる。
ならばと、心配になって、アールちゃんを見れば…意外と彼女は平然としていました。
凄い…流石、アールちゃんです。
彼女の精神性の高さは、くだらない男の情欲など、歯牙に掛けないくらい凌駕しているのだと知る。
アールちゃんは、私よりも歳上のお姉さんのような頼りがいある反面、儚い硝子細工のような純粋な少女の面を併せ持つ不思議な人です。
そこが魅力的なんだけど、その純粋さが傷つかないかと、少し心配しちゃいましたが、杞憂だったようですね…ホッとする。
なんにせよ、私の大切な友達のアールちゃんを傷つけようとするなんて赦さない。
しかし、アレクサンドリア嬢は、同じ貴族であるその男を、許す算段を考えてくれと言う。
これは、贔屓ではないかと思いました。
貴族ならば、何でも許されて良いのか?と憤る思いが、私の中にある。
もちろん私が言わずとも、秀逸なアレクサンドリア准尉ならば、其れすらも踏まえての相談なのだろう。
…相談?
そう…これは相談だ。
公爵令嬢であるアレクサンドリア准尉が、一介の平民たる私に相談している事実に、今、私は気がついた。
自分の鈍さに、飽々するが、それもまた私である。
しかし、困りました。
…
これは、言動に窮する。
安易に発言するは、容易だ。
しかし、それは相談の回答にすらならない。
せっかく私達を頼って相談してくれたのだから、突き放した回答では、…アレクサンドリア准尉の友達としては、どうなのだろう?
…
アールちゃんは、今回、被害者です。
立場的に公正中立性には疑義がある。
オリッサ少尉をチラッと見れば、興味深そうに私を見ていた。
これって、もう彼女の中では解答は出てるけど、私に回答の一番槍を譲ってあげるわと、視線が言っているように感じる。
…
ああ、世の中は、正しい答えよりも発言する人間が重要であるのを、改めて認識しました。
正答は、多少ズレても構わないのだ。
後から、幾らでも優秀な人達が直してくれる。
無から有を生み出すよりかは、修正は容易です。
アールちゃんと同性である平民の護民官である私が発言することが重要であると、私は察した。
「アレクサンドリア准尉、クシャ准尉は救ける価値もない屑であると私は思う。彼は、これからもその独りよがりな下劣な思いと、貴族である力で平民や女性に害を為すに違いない。現行を押さえてからとは生温い。ここは後腐れなきよう、被害前に捕らえて、横槍が入らぬうちに、即時に滅却処分が妥当であると私は思う。」
ここで、私は一息つき、皆んなを見回した。
皆んな静かに聞いてくれている。
そして、顔色や表情は変わらない。
…
やはり、ゴミ屑は、焼却処分しなければ。
私は、満足して話を続けた。
「それなのにアレクサンドリア嬢は、彼の未来の期待可能性の高さを保証するから救けて欲しいと言う。…良いでしょう。公爵令嬢が、そこまで言うのであれば、無碍にはできません。彼への罰を一旦保留とするに同意します。アレクサンドリア様を保証人にして預かりとし、彼の腐った性根を矯正願います。」
「…心得た。よろしくお願いしたい。」
アレクサンドリア准尉から、返答を貰った際は、その言葉の冷たさに瞬間ヒヤッとしたが、相談の解答としては間違いではないはず…。
形としては、高位貴族の嘆願に対し、平民側が譲歩したことになる。
嘆願は、貴族が平民に、命令ではなくお願いするのだから、屈辱には違いあるまい。
それを畏れおおくも誘導してしまいました。
…
し、しかし、これは政治的な綱引きの一種ですから。
私も、アレクサンドリア准尉も、それは心得ている。
…心得てますよね?
それでもアレクサンドリア准尉から、先程提案を了承されたときは、肝が冷えました。
今の彼女は、慇懃無礼なほどに礼儀正しく静かだ。
…
その静けさが、寒々として怖いほどです。
貴族の嘆願は、両刃の剣であると私も心得ている。
あまり多用するべきではない。….危険ですらあるから、私も使いたくはなかった。
それでも今回、使用するに促したのは、クシャ准尉を、アレクサンドリア准尉が救けたいと願っていたから。
私は、アレクサンドリア准尉も友達だと思っている。
友達のためならば、リスクを踏む覚悟はあります。
でも、これで、私は貴族に嘆願された護民官として、他の貴族に目をつけられてしまう…トホホ。
重ねる毎に、私の命が削られていく感覚なので、これ以上は、どうか勘弁願いたい。
どうでしょう?とばかりに私は周りを見渡す。
オリッサ少尉の表情が、「まあまあ、良く出来ましたね。70点くらいかな?」と、言っているように見えました。
隣りでは、アールちゃんが、うんうん首肯いて、私の提案に賛意を表してくれていた。
アールちゃんは、初見は超絶美少女、でも少し知ると一見して細かな事は気にしない好戦的な美少女に見える。
けど、その実は、自分が標的にされたとしても相手を思いやる心根の優しい慈愛の人であると、最近、分かり始めてます。
その自己犠牲に裏打ちされた優しさは、泣きたくなるほどで、今、頷く姿を見るにつけ、私の中で、その確証は深まっている。
アレクサンドリア准尉をチラッと見た。
静かに無表情に佇む彼女の瞳の奥に、笑うような色合いを見たのは私の気のせいでありましょうか?