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アールグレイの日常  作者: さくら
アールグレイ士官学校入校する
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アレクサンドリア・チェシャ(後編)

 話し合いの結果、方針と段取りは決まりました。


 …後は、速やかに実行するのみ。


 会議に参加していた者達が、それぞれ散っていく。

 室内には、わたくし一人だけが残った…と思いましたが、もう一人いました。

 幽霊のように蒼白い顔色をしたバーレイ准尉が、出入り口横に立っている。


 彼には、悪いことをしました。

 だが、彼の報告によって、恥知らずな行いが未然に防止されたのです。

 ベストではないが、ベターな結果…。

 この時、わたくしは、彼を見てザワザワとした胸騒ぎがしましたが、それを無視して出入口に足を進めました。


 

 「アレクサンドリア様…。」

 彼の横を通る際、わたくしを呼び止める、か細い声が聞こえました。


 この4年で身体を鍛えに鍛え、屈強な筋肉の鎧を身に付けるに至った彼は、その大柄な見た目によらず、精神が繊細で…しかも友情に厚いと見て取れました。

 きっと今も良心の呵責に苛まれ、ハロルド・クシャの嘆願をするのだろうな…と思い浮かびました。


 けれど、それは時間の無駄なのです。

 もはや交渉の余地はありません。

 もう、全ては決定された後なのです。

 あとは、速やかに行動にうつるとき…わたくしが無駄な嘆願に関わることはありません。


 確かにわたくしは、無駄、大好きな人間です。

 けど、それは自分の無駄であって、他人の無駄に関わりあってる暇はないのです。

 矛盾してるように聴こえるかもしれないけど、わたくしは、自分の無駄を楽しむために、日常の些事は捨て置き、任せられることは他人に依頼し、常に効率的に楽するために思索に全力を駆けて、動いている。

 逆に、他人の無駄には全く興味なく、動く気にすらなりません。


 だからこそ、決定した後で、蒸し返すなど言語道断。


 長い付き合いの仲間であり、普段の聡いバーレイ准尉ならば、わたくしの嗜好も行動指針も察しているはずなのに?

 けれど彼の呼び掛けに、思わず足を止めてしまったのは、わたくしの心の中にも釈然としない感情が未だ残っていた故かもしれません。


 「此度の件は…残念です。しかし彼を許すことはなりません。貴方も気持ちを切り替えなさい。」

 だが彼は、わたくしの感想と激励に、頷くことはしなかった。

 「アレクサンドリア様、ハロルド・クシャは、婦女子に害を為すような不埒な男では決してありません。」


 …だから、何だと言うのですか?

 ありふれた庇い立ての言葉など…つまらない。

 多少のガッカリした気持ちを抱きながら、溜め息をついて、彼の前を通り過ぎようとしたら、わたくしを引き留める言葉を、再度掛けられました。


 「アレクサンドリア様、これはハロルドのくだらぬ戯言を真剣に受け取ってしまった私の責任でごさいます。処分ならば全て私めにお願いしたい。」

 バーレイの発した言葉に、首筋がヒャッとし、立ち止まり、直截に問いただした。

 どうしても確認する必要が生じたから。

 「戯言?まさか此度の件は…あなたの嘘であると言うのですか?」

 

 もし嘘とするならば、バーレイは極刑である。

 …

 …友を庇うにしても限度がある。

 庇う理由付けの嘘としたら、リスクが高過ぎます。

 

 不安と嫌な予感で、心臓がドキドキした。


 嘘、誤魔化し、詐欺、騙しは超古代文明が滅びた一因とされる。

 もし、貴族のわたくしが認知したら、その時点で、既に仲間うちの冗談では済まされない。 

 

 バーレイが証言したハロルド・クシャの言動は、事実であり、真実あろうことは、聞いていて、わたくしの心に確証を得られた。

 超古代と違い、実行しなければ罪に問えないなどと馬鹿らしいルールは、現代にはない。

 被害を受けてからでは、何もかもが遅すぎるから。

 貴族が確証を抱けば、実行しなくとも罪状は確定するとされている。

 …もちろんこの制度にもリスクはある。

 それでも被害をこまねいて見ているよりかは遥かにマシな制度であると、わたくしは理解している。


 防犯とは、実行前に強制力で処分すること。

 注意、警告で済むほど、世の中は平和ではないから。

 超古代では、実害が予測されても、発生するまで、わざわざ待っていたらしい…信じられない。

 当時にあっても非難が殺到したらしいが、何度も同様の悲劇が発生したにもかかわらず、民衆はリスクを恐れ、制度を根本的に変えること選ばずして、発生するたびに苦労して事に当たった者達を批判して終わるのが常だったらしい。


 幾ら批判されようとも、権限を与えずして、数多ある悲劇の芽を摘みて、理不尽な不幸の発生を阻止するは、人の身には不可能であろう。


 何故なら、我々は理想ではなく現実世界に生きているから。

 何かを選ぶことは、リスクが必ず発生する。

 超古代人は、リスクを厭い、選ぶを忌避し、他責に終始してしまった。

 自分の足で前へ進むを、自ら拒否したのです。

 だから…滅びました。

 我々が同じ轍を踏むは能わず。

 不作為と誤魔化しを選んで滅びた超古代人よりも、リスク承知で踏み出す方を、わたくし達の先祖である古代人類は選びました。


 

 バーレイは、わたくしの確認の問いに回答しなかった。

 だが、バーレイが答えられないことに、問いを発してから、わたくしは気がついた。

 もし、バーレイがイエスと答えたら、わたくしは選択肢なく即断で彼を処罰しなければならなくなる。

 ノーと答えれば、友を救ける彼の目的は、海の藻屑と化す。

 他の弁明をしたとしても、真実を既に知っているわたくしからしてみれば、誤魔化しにしか聞こえないだろう。

 この場は、答えないのが唯一の正答です。

 バーレイが士官学校で鍛えたのは身体だけでなく、少なくとも窮地の局面での頭脳も冴えているのが、この一事で分かりました。

  

 …惜しい。


 一事は万事。

 ハロルド・クシャにあっても有能さは、バーレイに匹敵している。

 この二人を失うは、未来のギルド、ひいては都市の損失である気がしました。


 そして、バーレイの覚悟の程は、答えずとも眼を見れば分かりました。

 返す返すも、色香に迷い、ヨコシマな思いで口を滑らしたハロルドの迂闊さに、悪口雑言が思い浮かびます。


 …


 わたくしは、おもむろに扇子を広げ、自分の顔の表情を隠しました。


 わたくしも、まだまだ未熟者です。

 顔色を露ほど変えずいるお父さまの足元に及ばない。


 彼らとは、士官学校の入学式以前からの知り合いで、数々の思い出がある。

 …

 …

 …

 ああ…何とかならないものですかね?

 …

 今までの人生、わたくしは即断即決して来ました。

 なんてイージーな人生だったのでしょう。

 …

 …

 ああ!

 なるほど!…この、今のわたくしの状態が、世に言う、途方に暮れると言う状況なのですね!?

 …

 ふむふむ…初めての経験に多少とも興奮しながら、お父さまの助言を思い出しました。


 ならば、…手は御座います。


 雲間から、日差しが差したかのような心の急な晴れやかさに、わたくしは思わず扇子を畳んで、自分の手の平を打ってしまいました。






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