アレクサンドリア・チェシャ(中編)
…処断の決断は下した。
扇子を開き、顔を隠す。
わたくしにとっては、初の苦渋の決断だった。
貴族籍からの追放は、貴族にとって死を賜わるに等しい。
ハロルドのこれからを思えは…酷く疲れて、何十歳も歳を取った気分がして身体が重くなる。
…気持ちが悪い。
…だが、わたくしが断じなければならなかった。
世の中には、正答がない問題が多々ある。
平民ならば避けてもよかろう。
だが貴族は避けるわけにはいかない…たとえ意に沿わない結末しかなくとも。
断罪する者は、他人から、どう思われようと進まなければならない。
これから通らねばならぬ暗渠が見えたとしても、臆してはならぬ。
暗黒の闇の中、孤独に息苦しさを覚えても誰も救けに来ないのは分かっている。
いつかは、暗水に溺れて沈んでしまうかもしれないとしても。
超古代では、貴族がおらず、平民達は、可哀想とか人道に反するとかの理由をつけ解決を放置し、貴族のように解決に挑む者達を、他人事のように責めたてたと言う。
なんたる理不尽。
阿呆なのか? ああ…だから滅びたのか。
ここで、示しを付けなければ、悪しき前例をつくってしまうのは自明の理。
超古代の平民よりも、現代人は賢い。
だが前例を理由に、真似をする精神下劣なものどもは、いつの時代にも必ず発生するもの。
悪しき道は、この場で断たなければならない。
ああ…これは、経済の損切りに似ている。
たからこの処分は、仕方ないこと。
そう言い聞かせた途端に、気分が悪くなり、血の気が引いた。
頭がクラクラで、吐きそうです。
王族を除けば権威のトップである私の決定に、異を唱えるものはいない。
だからわたくしは、自分で自分を責めるのだ。
(秀逸円満な代案を出せ!)
(嵐で全てを吹き飛ばすような起死回生の代案を!)
だが、そんな都合の良い案など、この世の何処にも無いのは、分かっている。
断罪者とは、孤高であり、泣いてはいけない。
…ハロルドの馬鹿者め。
…自己の欲望に呑まれるとは、戯け者め。
…呆れ果てた奴だ。
アールグレイ少尉を恨む気にはならない。
だって彼女は、悪くない。
ハロルドが未熟であったに過ぎない。
絶望感に苛まれ、内心でハロルドへの悪口雑言を醸す。
彼とは4年間一緒に苦楽を共にして来た仲間だから、ハロルド・クシャの真性は、分かっているつもりだ。
…彼は、悪人ではない。
これから、ギルド上層部において、能力を発揮して多数の民草を守るはずだった…。
…惜しい。
誰か、彼を救う者がいれば、神でも悪魔でも、わたくしは、信仰してもよい。
…
わたくしは、一瞬で思考を巡らした。
表情には、出さない。
貴族は内心を気取られてはならない。
心理を晒すのは、弱点を開示するのと同じこと。
心を、静かな森林の中にとイメージし、一旦気持ちをリセットさせた。
…
「さあ、皆々様、ハロルド・クシャを、現行犯で捕まえる話し合いをしましょうか。マリアージュ・エペ准尉の御意見は?」