星の降る夜の話⑨
陽が落ちた暗闇の藪の中に身を隠す。
予想では、この女子寮の風呂場の外側に奴は来るはず。
風呂場の灯りと湯気、時折り内に篭った反響音が響く。
微かに聞こえる女の子達の若やいだはしゃぐ声。
悪いことはしてない…が、妙にむず痒いような、後ろめたい気分にさせる。
もし事情を知らない者に、見られたらこの俺も変態扱いだ。
風聞など気にはしない質だが、少尉殿だけには誤解されたくはないなぁ。
…
変態の捕り物を女子に任せることは出来ず、かと言って男子禁制の女子寮、しかも風呂場の直近に男を入れるには、女子達に抵抗があったらしく、結局、俺一人で見張ることとなったのだ。
だがその理屈だと俺とてダメなのでは?
それに俺の負担が半端ない。
なので、「俺も男だが、それで良いのか?」と皆に問うと、「ルフナ准尉はいいのよ。だって、ねぇ…?」「まあ、ルフナ准尉なら…。」「そうね…フフッ。」と、女性陣はお互いに意味深な目配せをし合っていた。
彼女らの真意は掴めないが、どうやら、俺は何故だか列外扱いで、女子寮に近づくのを了承されたらしい。
これは信用されているのか?それとも30歳代は、年長過ぎて、彼女達にとって男として対象外なのか?
後者だったら、哀しいし、流石にショックだ。
前者であることを切に願う。
…
藪蚊が凄い。
野戦服に着替えて、簡易覆いと手袋編上靴で全身を覆っているので、蚊には喰われないが…暑い。
冷気循環魔法でも使えれば良いが、あれは並列思考と集中力や器用さの能力が高くないと実用化は難しく、俺も一時的には発動可能だが、常時の展開は無理。
見張りに集中しながら、更に常時の魔法制御に集中など、器用なこと、この俺に出来るわけがない。
まあ…魔法特化の連中は、器用にも使いこなしているが、不器用な俺には無理だなと、当初は習得さえ諦めていた。
人間諦めが肝心だ。
人は、諦めることで成長していくものだ。
などと言い訳して着手さえしてなかったが、ある時、少尉殿に手解きされたら多少でも使えるようになってしまった当時を、思い返す。
出来た当初は、涼しさに驚いた。
…本当に驚いたんだ…不器用な俺が出来たことに。
出来ないものが…出来た?!
思考停止して黙りこんでしまったので、少尉殿に心配されたぐらいで、平静な気持ちなのに、上昇気流に吹かれたような心持ちがした。
この気持ちを、表現するならば感動に一番近いかもしれんが、そんな言葉では…とても言い表せない。
この時、上目遣いで心配そうに声を掛けてきた少尉殿を改めて見たんだ。
… … …
ああ…奇跡だ。
俺は、気がついてしまった。
こんなにも…綺麗で香しくも美しい人が、この世に存在してるなんて。
しかも、こんな小っぽけな俺を気に掛けてくれている。
これは…俺に訪れた奇跡なんだ。
…
少尉殿が、不思議そうに小首を傾げている。
だが俺は鼻の奥がツンとなり、しばらく震えて声が出せなかった。
…
当時の思い出に浸っていたら、服内に熱が篭っていることに気がついた。
一時的に冷気を流して熱を逃がしてやる。
へへッ、やはり、魔法ってヤツは便利なものだ。
なんだが、そんな大したことないこの俺が、魔法を使えたことで、少しは上等な人間になった気がする。
真っ当な一人前になったと幸せな気分にさせてくれる。
悪くない…悪くない人生だ。
それもこれも、全部少尉殿のお陰だ。
この恩は、どのように返せばよかろうか?
きっと、この俺が一生費やして返しても、返しきれないだろう。




