星の降る夜の話④
周りの酔っ払いどもの喧騒がうるさい。
だが、これくらい、うるさいなら、面と向かわなければ、聞き取れないだろう。
木の葉を隠すならば、森の中と言う。
喧騒の中での内緒話も、これに倣ってる。
改めて呼び出されるより、紛れちまえば、目立ちはしない。
「これは、私の友の話しなのですが…」
ああ、自分の話を友の話に置き換えるのは、よくあること。
それで、気持ちが話しやすくなるならば、俺は、構わない。
俺は、頷いて話を促した。
酒を、ツマミの粗塩を舐めながら、チビチビいただく。
先程は、一気に飲み干しちまったが、これほど良い酒は、またいつ飲めるか分からない。
大切に、味わうようにして飲みたい。
「その友が、夏季講習中のとある女学生に懸想しておりまして。我らは都市政府を担う誇りある貴族にして、未だ勉学中のギルドの士官候補生だというに、色恋にうつつを抜かすなど、困ったものです。」
バーレイ准尉は、「アイツは昔から、周りが見えなくなるタイプで、困ったものです。」と、ブツクサ言う。
あれ?友人にかこつけた本人の話ではなかったのか?
どうやら本当に友達の話だったようだ。
「しかも、相手は平民で、獣人の血も混ざっているという噂もあるとか。私には偏見はないつもりですが、貴族の世界では、自分らと違うものを嫌うもの。到底添い遂げるのは無理でしょう。しかし、どうにも悶々として諦めきれません。」
あらら?それって友人の話しではなく、やはり本人の話なのか?
「私には、友の気持ちが痛いほど分かるのです。何故なら、その人は、美しく凛々しく、そして可愛らしい…月明かりに照らされた彼女は、本当に輝くほどに美しかった。」
ウーム、ウットリとしてるゴツい男ほど、見ていて無駄なものはない。
思わず、酔いから醒めそうだ。
俺は、杯を空けて無造作に突き出し、酒を催促した。
バーレイ准尉は、ハッと夢から醒めたように、俺が突き出した杯に秘蔵のお酒を継ぎ足してくれた。
それから、延々と、その彼女の素晴らしさについて聞かされたが、俺は聴き流して、美味い酒を味わった。
なんだ…やっぱり、自分のことなんじゃないか。
…紛らわしい。
ウーム、しかし、恋は盲目とは、よく言ったものだ。
今まで、貴族の窮屈な生活の中で、勉学に武芸にと一生懸命に生きて来た不器用な男が、自由な気風を持つ美しい女学生に接して淡い恋心を持つのは、男ならば、誰でも気持ちは分かる。
おそらく、この男の初恋なのだろうな。
フッ、若いなぁ。
青春を謳歌している、ある意味羨ましい。
授業中に周りを見渡せば、今期の女子学生は、ギルド内から選りすぐりの美人を集めたかのように咲き誇っている。
もしかして、今期の女子は顔やプロポーションで選んだのではないかと邪推するほど。
もちろん、実際には、能力や実績で選んだに違いないが。
そして、彼女らの美しさは一様ではなくバラエティに飛んだ多種多様な美しさを咲かせている。
男どもを意識的に無視すれば、授業中は花園の中にいる気分に浸れてしまう。
バーレイ准尉が、どのような好みが存ぜぬが、きっとお気に入りの好みの子を発見したに違いない。
実に喜ばしい。
バーレイ准尉の初恋に乾杯。
そして、俺は、すっかりバーレイ准尉の話を、友に置き換えた自分の話であると決めつけて聴いていた。
ところが、途中から友を案じる話へと、段々とシフトしていってることに気がついた。
…???
「待て、ちょっと待て。」
話を一旦止める。
ありゃ?こりゃ、いったい誰の話かと混乱した。
俺の酔った頭では理解しがたく、整理するためズバリと単刀直入に聞いた。
遠回しに紆余曲折を経て察するのが貴族の慣わしだが、出奔した俺にはもう関係ねぇ。
「…わけわからん。そもそもいったい誰の話しだ?友達なのかアンタなのかハッキリしろ!」
すると、バーレイ准尉は、ウッと一瞬詰まってから、ポツポツと話しだした。
「…私の親友の話しです。彼の名も、彼が憎からず思っている相手の名も、彼らの名誉のため言えないですが。」
「それで、いったい何が心配なんだ?」
ここまでは、誰でも経験あるよくある話だから、心配の種の見当もつかない。
「…彼は、幼少の頃から、真っ直ぐな一本気のある、悪く言えば融通が効かない、真っ正直な男です。最初、彼と彼女が口喧嘩をしていたのを見かけました。しばらくして、私も彼女の素晴らしさを知る機会を得ました。彼女は慈愛と勇気を兼ね備えた稀有の人です。彼も、彼女を知れば知るほどに、惹かれて好きになっていったのでしょう。以前は決闘をも辞さないくらい嫌って喧嘩腰でいたのに、今では、黙って側にいるか、遠くから眺めていることが多くなりました。彼女のことを、好きなくせに、それを認めない頑固者で、「平民の獣混じりのクセに生意気な!今に見てろ、躾けて奴隷にしてやる。」とか私に対し大言を口にしても、彼女の前では、黙って何も言えなくなってしまう。彼が彼女に頻繁に会えるのは、この講習期間中だけ。彼も焦って、でも何も出来ずに、日に日に私に言う内容が剣呑になっているのです。昨日は「弱みを押さえて、言うこと利かせてやる。誰にも渡さない、俺のものにしてやる。」とか言う始末です。彼の家は貴族であるに厳しく、平民とは絶対婚姻を結ぶは不可能でしょう。好きであるのに叶うことはない絶望感が、彼を苦しめているに違いない。普段は女性に対して、そんなことを言うやつではないのです。そして、今日、とうとう「バーレイ、明日だ!俺は明日、寮に乗り込んで、既成事実を作ってきてやる。なーに、平民の女なんて、やっちまえば、俺の言いなりさ。もちろん、一生面倒は見てやる。正妻には出来ずとも、妾ならば、父上も許してくれるだろう。」などと笑いながら言って来ました。私は、親友の彼と、…彼女にも幸せになって欲しい。だがこのままでは二人とも不幸になってしまう。私は、いったいどうしたら、よいのでしょう?ルフナ殿…ああ。」
…そんなもん、知るかー!ボケ!
別段、貴族が平民の女を見初めて、無理やりに手篭めに近い手段をとるなどは、珍しいことではない。
それぐらい貴族の権力は大きい。
相手が無力な庶民では、問題にならない。
だが…今回のお相手は、出自が平民と言えど、ギルドのレッドだ。
レッドに昇格した時点で、貴族の騎士階級と見做され、都市政府にも名簿が送付されている。
身分的には、同格である。
そして、叩き上げのレッドは戦闘力で士官候補生を軽く凌駕するに違いない。
そのお友達は、想い人の女子に返り討ちに遭うであろうと、想像するに難くない。
だから、バーレイ准尉が心配すべきは、そのお友達の生命と人生だけである。
周りの知り合った女性らを、想い起こす。
皆んな、見た目は花のように美しく魅力的だが、自分が全力を出しきっても勝てるかどうか怪しいほどの化け物級の戦闘力の持ち主ばかりで、とても恋愛対象には見えない。
もちろん、麗しく繊細で可愛い少尉殿は別格だが。
現状を把握している俺からしてみたら、あの女子達に懸想できるバーレイ准尉とその友人は、なかなか良い審美眼と…根性をしている。
因みに、バーレイ准尉は、友達を心配しているのも本当だろうが、その真意は、彼女を友達に取られたくはないのが本当であろう。
言動から、彼女に惚れてるのがバレバレだ。
だが、聴いておきながら、そのまま放っておいて、そのお友達が失敗し、私刑又は退学になるのも寝覚めが悪い。
だいたい、何故俺なんかに相談しに来る?
…
「…だいたい、何故俺なんかに相談しようなどと、思ったんだ?」
疑問に思い、考えだが、答えが思いつかなかったので、結局聞いてみた。
「最初、同部屋のフォーチュン准尉と話しをしてたら、…悩み事をスルスルと聞き出されてしまって。あの人は、本当に人が良い人ですね。悩む私に「だったら、ルフナ・セイロン准尉に相談したら良いよ。あの人面倒見良いし、秘蔵の酒の一本でも持って行けば解決策も考えてくれるからさ。是非話したらいいよ。」と言ってくれたのです。アッ、これは内密でした。フォーチュン准尉にはバラしたこと黙っていただけませんか?」
ウッ…期待するバーレイ准尉の眼差しが痛い。
そしてフォーチュンめ、あのヤロウ、興味本位で聞いて面倒くさそうだったから、俺に丸投げしやがったな。
バーレイ准尉が酒で口を滑らせなければ、絡んだことさえ把握できなかっただろう。
…まったくアイツめ、画策と暗躍やめれ。
しかも安受けあいしやがって、秘蔵とはいえ、この忙しい時期に酒一本では割りに合わない。
「酒3本寄越せ!それで打開策考えてやる。」