星の降る夜の話②
少尉殿は、酔っ払いがお嫌いらしい。
会った直後に逃げるように去られるのは…ショットガンで心臓を撃ち抜かれたようなショックで、思わず片膝を着くほどの精神的ダメージを喰らった。
(お酒臭いルフナなんて、大嫌い…嫌い…嫌い…)
グハッ!
あの時、突如目の前が真っ暗となり、崖から崩れ落ちる心情イメージと共に少尉殿の御言葉が、抉られ空洞となった俺の精神内を、いつまでも木霊していた。
…
俺は、気がつけば、深夜のベッドの上で寝ていた。
… … …
目を開け、分け分からず…上半身をガバッと起こして記憶を呼び覚ましてみれば…
あの時、俺は…片膝を着いて、幾ばくか機動停止した後に、ふいに立ち上がっていた。
尋常じゃない様子に、心配した周りから
「大丈夫か?」「しっかりしろ!」
などと声を掛けられ
「ああ…。」「うん…。」
などと、応答してから、普通に食事をし、風呂に入り、歯を磨いて、寝るなど、通常の行動を無意識のまましていた。
…錯乱して、変な動きをしていなかったので、少し安心する。
それによくよく、思い出してみれば、俺のことを少尉殿は嫌いなどとおっしゃってはいない。
気持ちを持ち直す。
ただ…アルコールの匂いで、少尉殿が足早に立ち去ったのは事実だ。
だとしたら、俺は…禁酒するべきだろうか?
… …
…
・ー・ー・ー・
「ルフナ殿、良い酒が手に入りました。どうですか?一献。」
普段携わったことのない全く新しい知識を詰め込まれ、俺の豆腐のような頭脳はダメージを負い、ベッドに突っ伏していた週末、ウルフェンから、又も誘いの声が掛かった。
…
ああ…そう言えば、前回の宴の際、調子良く安請け合いした約束を、果たしてないことに今更、気づく。
…
だが俺は、この一週間、少尉殿のお顔も見れず暗澹たる思いで過ごした。
そう、暗黒の一週間を体験したのだ。
なのに、その発端であるコイツは、のん気にも又俺を酒飲みに誘ってきた。
しかも、実に美味そうな本物の古酒を持参して。
…
責めるのが理不尽なのは分かっている…コイツは悪くない。
だがウルフェンを非難したい思いと約束を忘れていた後ろめたい思いから、結果、俺は、機嫌良く誘ってくれたウルフェンに対し、不機嫌な面と物言いをしてしまった。
「…すまねぇ。実は、まだ少尉殿には、話しをしてない。なかなか機会がなくてな。」
言ってしまってから、俺は少尉殿ほど、人間が出来ていないことを痛感する。
だが俺の言い訳を、ウルフェンは最初何のことだろう?とキョトンとした顔をした。
ありゃ、約束の履行の催促ではなかったのか?
「…ああ!…その件は良いのです。無論、私の願いが叶えば嬉しいのですが、今日のこれは無理強いとか催促してるわけではなく、ただ姫巫女様の旗の下、ルフナ殿と仲良くなりたいだけなのです。そもそも帰参するは、私事ですから、私本人から願い奉るが筋でした。ルフナ殿には筋違いの願いを押し付けるような真似をして、大変失礼した次第です。どうかお許しください。姫巫女様には折を見て、私からお願い致すことにします。」
そう言うと、ウルフェンは、俺に対し頭を下げた。
…
あーーー、コイツは全く若いのに、大したものだ。
「いや…こちらこそ、失礼した。貴公ならば、きっと少尉殿も、お許しくださることだろう。少なくとも俺は歓迎しよう。」
あれから、他の獣人達に、大戦士とは、獣人族の武門のトップであり武人を統べ率いる者と聞いた。
即ち、ヒト族の将軍・元帥にあたる役職だろう。
若いのに、そんな偉そうな地位に就いたならば、傲ってしかるべくなのに、俺に対し、ウルフェンは、そんな素ぶりは全然見られない。
…この姿勢は、少尉殿に通じるものがあるな。
老若男女、役職地位に関係なく、礼儀には礼儀を、誠意には誠意を持って当らねば、酒の匂い云々以前に、少尉殿に顔向けできん。
俺は、自然と威儀を正した。
「よし!…皆んなで飲むか?!」
この日は、他の部屋からも知り合いを呼んで、浴びるほど飲んだ。
実に楽しい。
酒が入れば、貴族、平民、獣人関係なく、友達の友達は、皆、友達だ。
… … …
… …
…
…気がつけば、朝の光りが眩しい。
部屋中に、持ち込んだ瓶やら缶が、転がっており、大勢の飲んだくれどもらが、床に、イビキをかいて倒れていた。
…大丈夫。
俺は、同じ失敗はしない男だ。
今日は、週休。
一日中、風呂とサウナで、汗を流して、酒精を出し尽くせば、匂わないだろう。
そして、サウナの後の麦酒の一、ニ杯ぐらいは、少尉殿も、お許しくださるに違いない。