星の降る夜の話①
士官学校の寄宿舎は、4人部屋で、コレは男子も女子も、部屋の造りは変わらないらしい。
親睦会と称したオクタマ湖トレイルを、俺と少尉殿は、何とか無事に乗り切った後、俺たちは寝泊まりする寄宿舎に案内された。
別れ際に、少尉殿から御礼を言われた。
「ルフナ、僕を見つけてくれてありがとう。」
恥じらうように御礼を言う少尉殿の姿は眼福です。
いやいや、…いろいろと御礼を言いたいのは俺のほうですから。
男子と女子の寄宿舎は、全く別の棟であった。
考えてみれば、当たり前か…余裕ない現場では兵隊は男女問わず雑魚寝だが、平時で余裕あるとなると、不心得者が出没して、問題が出るかもしれない。
少尉殿のお身体は、護らなければならない。
今日は、夜勤明けみたいなものだから、日勤免除で寄宿舎で待機だ。
寝て起きたら、既に夕方だった。
相当に疲れていたらしい。
ベッドに寝転びながら、少尉殿のことを思った。
今頃、何してるのだろう?
オクタマ湖トレイルの途中で、体調不良で倒れていたのを見つけた時は、俺の肝が冷えた。
最後に力尽きた俺を担いで、空を掛けたのは度胆を抜かれたけれども…
それにしても、俺が担いでいる間、少尉殿は小さくて柔らかくて芳しい匂いであったな…両手をニギニギしながら…なめらかで柔らかく吸い付くような触り心地と優美な曲線を思い出して、自然と感触を反芻してしまう。
甚だ不本意であるが、下着姿も見てしまったし。
まだまだ少女であると思っていたが、実に女らしく成長なされていた。
ああ…あの時が、この俺の人生の絶頂期だったかもしれん。
…だとしても俺に悔いはない。
率先して、救出に向かって本当に良かった。
あのまま、倒れたままだと考えただけで、胸が締め付けられるようにツラい。
…
だとしたら、この思い出は、俺に対する少尉殿からのご褒美なのかもしれない。
またも、俺が見た少尉殿の艶めかしい肢体を思い出して、相好を崩す。
コホン…いかん。
不敬かもしれないが、俺の目に強烈に焼きついてしまったから、消すことは無理。
それにしても、あの少尉殿の無警戒ぶりは、困ったものだ…気をつけねばならない。
他の男どもに、断じて少尉殿の、あられのない身姿を見せるわけにはいかない。
…
「ルフナ殿、一献どうかな?」
夕食前に、少尉殿を想いながら至福の時、ゴロゴロしてたら獣人族のウルフェンが、ヌッと顔を出して酒に誘って来た。
むう…酒かぁ。
喉が鳴った…正直喉が渇いた。
疲労して、渇いた身体が欲しているのを感じた。
ウルフェンの実家は酒蔵らしい…親睦のために酒を持って来たのだと言う。
早速、同部屋の4人で囲んで、互いに酒を注ぎ、乾杯して口に含み、喉に流し込む。
…
ウム…なかなかに美味い。
五臓六腑に沁み渡るぜ。
タダ酒だと思うと尚更美味い。
酒は、天下の回りものとは、よく言ったものだ。
同部屋の伯爵子息のリーゼ・ヨークは、黒髪の端正な顔立ちした寡黙な奴だが、獣人族に対する偏見は無いらしい。
ウルフェンから注がれた酒を美味そうに飲んでいる。
少なくとも偏見があっても、この場では表には出さない分別はあるとみた。
あとの一人は虎の獣人。名前はフー。
こいつも…あまり、喋らない。
獣人族はうるさく吠えるイメージがあったが、性格は様々だな。
この部屋は、貴族が一人、獣人族が二人、貴族籍から出奔した平民扱いの俺と混在してる。
部屋長は歳の功で、俺が指定されてしまった。
どうにも面倒だが、10歳以上も歳下の若者達に世話役をさせるのも、俺がいたら、さぞやり難いだろう。
…気が引けるので、引き受けた。
態度から俺と似た歳だと思っていた獣人のウルフェンは、20歳で意外と若い。
指揮するに慣れていそうだが、部屋長をやらせると、貴族のリーゼが流石に従わないだろう。
ここは、皆より年長で元貴族の俺が形だけでも、やるのが順当だろう。
ウルフェンの自慢とも愚痴とも取れる話しを肴にして、酒を飲む。
ウルフェンは、獣人族の中でも大戦士という何やら高い地位に就いているらしく、他の獣人達に対する態度がでかく偉そうなのは、そのせいらしい。
聞いたら、大戦士とは全ての獣人族の中で一番の強者に与えられる名誉称号らしい。
ヒト族における騎士団長のようなものかな?
ならば、当然獣人族における貴族かなと思っていたら、辺境準男爵たる一代貴族位を賜ってるそうだ。
また、けったいな貴族位だなと、正直に言ったら、「実は俺もそう思う。」と答えてきた。
うん…なかなか話せるヤツだ。
ウルフェンは、少尉殿に、歯向かって、あまつさえ両手で握り合ったのを見たときは、この野郎、唯じゃおかねぇ、潰してやろうかと思ったが、話してみると中々、礼儀正しい若者だった。
今まで大戦士という重責に押し潰されそうだったらしい。
名誉だから受けざるを得ず、だが大戦士の本来の務めは、白狼神族の月の姫巫女の護衛であるが、だが今まで護る対象がいなかったらしい…当時はつらかったと、悩みが吹っ切れたらしいサバサバした口調で話す。
世の中は、少尉殿のような最高の上司とはなかなか巡り会わない。
だから、俺のように上司は選んだほうがよい。
もし俺が、少尉殿と出会わなかったら…上司は居ない方が気が楽だなぁ。
俺だったら、嫌になったお役目など、即時に辞めるが…コイツ、真面目だな。
その後も、胸襟を開いたようなウルフェンの心情を聞く。
うん、そうか。…こいつはこいつで大変だったのだな。
…染み染みと、酒を味わう。
「さあさあ、ルフナ殿、どうぞ。」
ウルフェンが、空いた杯に注いでくれた。
おお、厳つい顔して、なかなか気が効く、良い若者ではないか。
なにより、タダ酒を飲ましてくれるのが、良い奴だ。
それにしても、この酒は飲みやすいが、かなり強い。
超古代の遺跡から発掘されたブランデーなる古酒の飲み物に似ている。
昔、発掘調査で、一本くすねて飲んだことがあるのだ。
虎獣人のフーのヤツがパカパカ杯を美味そうして空けているが、ザルだなこいつ。
…もっと味わって飲めよ。
対象的に貴族のリーゼが、大切にチビチビ舐めるように味わって飲んでいる。
…
ん?!もしかして…この酒、結構高くない?
普段、俺が飲んでる合成酒と、あまりに味わいが違う。
「ところで、ルフナ殿は、月の姫巫女様…あのアールグレイ少尉殿の第一の臣下と聞き及びましたが、そうでありますか?」
「ん…まあな。」
俺の鼻が伸びる。
フフン、自慢じゃないが、少尉殿を支える第一の臣下、ルフナ・セイロンとは、俺のことよ!
自分のことは自慢できるようなことは何も無いが、少尉殿のことは、一晩中話すほどに自慢できる。
俺に取って、少尉殿は、夜空に輝ける愛すべき月だ。
聞けば、どうやらウルフェンは、少尉殿の臣下になりたいらしい。
…甘い、甘いぞ。
俺なんか、最初戦場で小さい少尉殿をお見かけしてから、再び巡り合い、臣下になるまで約5年掛かっている。
ああ…あの頃の少尉殿は、お小さいのに凛々しくて、とても可愛らしかった。
今でもその可愛さは、ますます磨きがかかってるけども。
この後、あまりにも、ウルフェンが少尉殿のことを褒めるから、気分良くなり、折を見て少尉殿に口利きしてやると約束してしまった。
ムム…もしかしたら、ウルフェンに乗せられてしまったか?
だが、まあいい。
こいつの、少尉殿に対する心服度合いは、本物とみたぜ。
…決して、酒が美味かったから約束した訳ではない、
…
その後、夕食時、食堂で少尉殿と出会った際、嬉しそうに駆け付けてくれたが、「ルフナ、お酒臭いよ。」と、言って逃げるように去ってしまった。
…
どうやら酔っ払いは、お嫌いらしい。
眉顰めたお顔さえも愛らしいが、嫌われるのは悲しい。