黒い雨
護衛6日目、キャン殿下は、全ての日程を終えた。
キャン殿下は、頑張っていた。
都市への繋ぎ作りは成功だ。
これも殿下の人柄と弛まぬ努力の賜物だ。
僕も殿下のひとまずの目標を達成した一助になれて嬉しい。
明日は、アッサム伯爵領たる衛星都市に帰る日だ。
殿下を都市外へ送り出したら僕の任務は完了だ。
きゃっほー。
ミッション終了は嬉しいけど、殿下達と別れるのは悲しい。
まさに悲喜交々だ。
ホテルに帰る車中にて、こうして目を瞑れば、今までの戦いの思い出がよみがえる…。
最初の印象は、ウネウネしてた黒キノコ…
[小雀蜂]と戦う前に、戦線離脱した黒キノコ…
[黒蟻]と戦い始めから翌日まで寝ている黒キノコ…
[小鬼]との戦う前から鼻提灯出して寝てた黒キノコ…
あれ?…もしかして、あのキノコ何もしてなくねぇ?
思わず助手席に座っているクラッシュさんを凝視してまう。
「むっ、テンペスト殿、我輩の顔を見つめてどうしたのだ?……ハッ、あ〜ゴホンッ、ゴホンッ、あー、念の為、言っておくが、我輩は独身ではあるものの僧籍に入った身であれば、神仏にこの身を捧げておる。結婚とかは出来ぬのだ、すまぬ。別にテンペスト殿が魅力的では無いという訳ではないから。申し訳ない。」
助手席から、僕に対し器用に頭を下げるクラッシュさん。
あれ?今、僕、キノコに振られたことになってるの?
しかも、なんか気づかってもらってるし…。
茫然としてると、真ん中に座っている殿下が左袖をクイクイ軽く引いてきた。
思わず目線を下げて、殿下の方を見ると、ワクワクした顔を僕に向け、が・ん・ば と、口パクしてた。
いや、違います。殿下、違いますから。
ふと、殿下越しにギャルさんが僕を見てることに気づいた。
ギャルさんは、「信じられん、おまえ、マジか!」って驚愕した顔で凍りついていた。
いや、だから、違いますから。
助手席から、ブツブツと呟き声が聞こえる。
耳を澄ませば、
「ふーむ、還俗という手も…女性の願いを叶えることも、また仏の道かもしれん…しかし…住む所が都外では…一緒に冒険者を…婿養子では…クラッシュ・テンペスト、うむ、悪くない…子供は男の子2人に女の子2人は欲しい…がんばらねば…。」
ぎょぎょ?!あわわわー。
この後、誤解なきよう念を押して、消火しました。
ギャルさんは当然だろうと頷き、殿下は若干残念そうでしたが、でも、この僅か6日間で、三人とも随分僕を気に入ってくれたのかなって思うと、嬉しい気持ちです。
「うむ、我輩もテンペスト殿の気持ちは嬉しいが、やはり我輩は仏門に帰依したからには貫き通す所存である。これからは戦いでござれば集中して事に当たらねば。よろしいか。」
分かってないし、自己完結してるし、戦う前から、なんか疲れました。
そうこうしてるうちに、ホテルに着いた。
正面玄関のガラス扉は直ってました。
お風呂に入り、夕食を食べ、交代で少しだけ仮眠を取る。
殿下には、直ぐ逃げれるように服を着たまま寝てもらう。
僕には、まだやることがある。
今日の夜、アレは必ず来る。
だって、殿下を狙う機会は、今日の夜しかない…。
廊下に設置された置き時計の鐘が聞こえた。
時刻を確認する。
午後11時。
カーテンから窓ガラス越しに外を眺めれば、既に外は真っ暗だった。
え?真っ暗。窓に張り付き外を見る。灯は何処にも見えない。
雨だ。みぞれ混じりの雨が降っている。
しかも黒い雨だ。
窓ガラスに着いた手が冷たい…。
これは、異様な冷たさだ。
暖房を最高温度に上げる。
エアコンが唸りをあげて稼働するが全然暖かくならない。
調息で息を整える。
鼻から4秒吸って、口からゆっくりと20秒かけて息を吐く。
丹田に熱さを感じるまで繰り返す。
全身の足裏まで血流が巡ってポカポカしてくるのがわかる。
これで外気温一桁程度ならば、3時間は大丈夫だ。
だがこの方法は、おそろしく腹が減るのが難点だ。
殿下は暖かい布団にくるまってるから大丈夫。
ギャルさんも、僕とは違う方法で対処済みのようだ。
クラッシュさんは、……全然大丈夫みたいだ。
時計が0時をまわった。
護衛7日目、最終日だ。
敵は、まだ来ない。