最期の晩餐(前編)
あの人が亡くなってから、50年の月日がたった。
トビラ都市は滅亡した。
今では各衛星都市が細々ながら、生きながらえている。
私も生き恥を晒しながら、贖罪のつもりで今日まで生きて来た…だが、それももう直ぐ終わりを告げる。
「ダルジャン伯母様、風が強う御座います。お身体に障りますわ。」
呼び掛ける声に、後ろを振り向くと少女が、心配そうに私を見ていた。
この子は、私の妹の孫に当たる。
妹のジルも、もうこの世にはいない。
この丘からは、かつてのトビラ都市が一望できる。
黒々とした廃墟と化したトビラ都市が。
煙が昇っているのが見えるから、まだ僅かに生き残っている人が生活しているのだろう。
あのスラム街で、どれほど生きられるだろうか?
空は、暗雲が垂れ込め、今にも雨が降りそうだ。
青空を最後に見たのはいつであろうか?
風が強く吹き付けて、身体から体温を奪っていく。
この丘には暴風に近い風が、いつも吹いている。
そう言えば、あの人の字名の一つに[暴風]があった…。
暖かな気持ちと共に、あの人の思い出が脳裏に甦る。
あの人は、全ての陰気やしがらみ、縛る鎖を吹き飛ばし、引き千切る強さを持った、光り輝き綺麗な圧倒的な風であった。
…
今、私に吹き付ける冷たく激しい風とは対極の、時には熱情の、またある時には爽やかな、心震えるような自由な風だった。
一緒にいるだけで幸せであった。
暖かで陽だまりのような幸せの日々…懐かしい。
だが、それを私が全てぶち壊したのだ!
込み上げた悔恨の情に、力が抜け片膝を着く。
「大伯母様、大丈夫ですか?」
少女が私の元に駆け付ける。
「大丈夫…少し、眩暈がしただけ。」
優しい子だ…それに聡く、魂の強さの片鱗を覗かせている。
妹に頼まれ、私が名付けた。
あの人の名の一部から取って、アルファと命名した。アルファ・レッド・ダーマン・エペ。
始まりの炎を意味する。
この子は、私を慕ってくれたジルのように私を慕ってくれる。
だが、私には人から慕われる資格などないのだ。
この50年、私は日々後悔しながら生きてきた。
私の生命の炎が尽きようとしている今、この子に私が、どんなに最低で俗悪な人間であるかを、知ってもらいたい。
聞けば、この子は、私のことを軽蔑し、身内であることを恥と思うであろう。
だが構わない。
私は、軽蔑に値する人間だ。
それに相応しい罰を切望し、今まで自分を責めて生きてきたが、それももう疲れ果てた。
あの世であの人に謝りたい。
許されることではないが、頭を垂れて謝りたいのだ。
それが私の最後の願いだ。
…
私は、アルファの肩に掴まり、シェルターの中へと入った。
暖炉の前の椅子に案内させられる。
椅子に座り、アルファにも前に座るように言う。
さあ、語ろう。
私の若き日々の後悔を。
或いは懺悔かもしれない。
…
あの日、私達は、あの人と共に夕食を取った。
思えば、あれが最期の晩餐であった。