春風
あの後は、概ねスムーズに進んだ。
なんだか得心いかぬので、一緒に壁の花となっているクラッシュさんに僕の思いを聞いてもらう。
こういう心の不満などは、信用できる人に聞いてもらうだけで、収まる場合が多いと経験だけは豊富な僕は知っている。前世をプラスすると、僕の歳は70歳以上だからね。
クラッシュさんは、ふむふむと静かに話を聞いてくれた。
そして、全部聴き終わると、話し始めた。
「まず、テンペスト殿の我輩への誤解を解いておこう。」
誤解?誤解してないよ。会った当初はニートだと思ってたけど、今では最強ニートだと認識を新たにしている。可愛い姪の面倒を見ながらの第二の人生を謳歌している立派な人です。スローライフ万歳。
「あの場で飛び出すほど我輩は思慮無しではない。」
それだと僕が思慮が無いみたいじゃない?
「あの場には、上級貴族と関係者しかいない。大きな力には責任が伴う。もしあのまま放置していても他の上級貴族が仲裁に入ったであろう。もし、あの場を見て助けに入らぬ貴族は貴族たる資格はない。100%誰かしら来たはずだ。あのまま、テンペスト殿が傍観したとしても何ら問題はなかった。助けに入った貴族と殿下とで新たな交流が始まったはずだ。」
え?それでは、僕は殿下の出会いを潰してしまったの?
僕が愕然としてると、クラッシュさんは話を続けた。
「もっとも逆にルクリリ家は助かったな。貴族の恥を晒した挙句に他の貴族から注意を受けたとあっては恥の上塗り。最悪、あの小僧は廃嫡よ。だが貴殿が止めてくれたお陰で、思春期の少年の笑い話で済んだ。愚かとはいえ子を可愛く思わない親はいまい。テンペスト殿はルクリリ侯爵家に貸しを一つ作ったと思ってよいだろう。」
よく分からないけど、結果オーライなのかな?
「うむ。概ねそう考えて差し支えない。しかし貴殿も無茶をする。上級貴族相手に下手をしたら、切捨て御免で命は無かったかもしれん。貴族の相手は貴族に任せるのが常識ぞ。」
おおー、マジ?次から気をつけますです。はい。
クラッシュ・アッサムは心地良い気持ちに包まれていた。
ふん、気分が良いわ。
冬なのに、まるで春風に包まれたような気分の良さだ。
先ほどはテンペスト殿に100%放置しても大丈夫と言ったが、世の中に絶対ということはない。もし上級貴族が助けに入らなかったら…、もし小僧が殿下を傷つけていたら…、もし…。
上級貴族以外、誰もが躊躇する状況で、テンペスト殿は間髪入れず殿下の助けに入った。
もし相手の貴族が激昂したら…、もし切り付けて来たら…、もし処分を貴族が求めてきたら…。数々のもしを考えず殿下を第一に考えて、まず現場に駆けつけた。
勇気あるもののふでも、これは、なかなかできることではない。
そのことを考えるだけでも、クラッシュの胸を打った。
自然と目頭が熱くなる。
それだけではない。
テンペスト殿は、あのルクリリの小僧の将来を救ったのだ。あのまま他の貴族に面目を潰されたならば、家内で小僧は処分されたであろう。テンペスト殿が間に入ったことで笑い話で終わった。本人的には恥ずかしい話だろうが、男なら誰もが経験する道だ。誰も咎めたてはしない…。
クラッシュの胸の内に、春一番が吹いていた。
なんて,気持ちの良い風だ。
そして、今回一番の功労者は、自分だとクラッシュは思った。
何故ならギルドに、なるべくテンペストをと依頼したのは自分だからだ。
そして、それを誇りに思った。
[アール・グレイ感想]
うーん、貴族怖い。今度はクラッシュさんを盾にするか。