雨の日はWednesday
その日は、朝から雨の降る音で一度目覚めた。
…
ああ…雨が降っているでありますね。
…
布団の中で微睡みながら、二度寝する。
昨日は、カンパネルラ老の授業で、今日は休講日です。
今日の分は別の日に講義が振り分けられるけど仕方無し、心身がままならないので休むしかない。
動けるのはエトワールのような特殊な頭脳の持ち主ばかりなり。
僕は当然普通なので、皆と同じくして今日はお休みします。
居室内も静まりかえっている。
雨音だけが聞こえます。
ただ朝早く起きたシロちゃんが忙しなく動いている気配がしている。
んん?お腹空いたのかしら?
気にはなったけど、僕は雨粒の調べを聴きながら、二度寝した。
…意識が底に落ちていく。
その日は、遥かな長い長い夢を見たような気がしました。
・ー・ー・ー・
僕らは、あれから無事に士官学校を卒業し、全員少尉に任官して学校を旅立った。
卒業式でペテルギウス学校長に勝負を挑まれ、コテンパンにやられて救護室送りになったのは御愛嬌です。
お陰様で、ペテルギウス大佐の勝負対象からは外されたのか、興味を失ったのか定かではないが、それから彼女と会ったことはない。
月日は流れ流れて…都市王が崩御され、次代の王が立たずして空位のまま月日は流れた。
ショコラちゃんが結婚した。
新たなエペを興して、忙しいらしい。
結婚式にも参加したが、幸せな笑顔の一瞬に垣間見た彼女の寂しそうな顔が忘れられない。
続いてアンネも結婚して、ギルド活動を中止して落ち着いた貴族生活をおくっている。
便りがないのは、無事な証しなのだろう。
エトワールはギルド内での政治に負けたらしく失脚してギルドを辞めた。
たまに便りは来るけど実家で家業を手伝っているらしい。
便りの中で、時空軸と連鎖の歪みが云々…すまない…失敗したなどと、難しい事柄が書かれていたけれど、よく分からない。
エトワール、ドンマイです。
受付にいたダージリンさんが、突然居なくなった。
辞めたらしく、その後の消息が不明。
…心配です。
東方ギルドに在籍していたファーちゃんも、時を同じくして居なくなってしまった。
苔蜘蛛さんに調査を依頼したが芳しい報告は上がってこない。
最近では、獣人に対する明らかな差別が横行して、ギルドからも多数辞めて行った。
ここに至って、僕は、世の中がおかしいことに気がついた。
規律なき野蛮な実力主義なるものが幅を効かせて、差別が横行してるのに改善せず、自己欲求を叶えるに、差別を理由として押し通す輩が、多数湧いてきてるのを目にした。
概念の変質化…他責による金銭の欲求…自己所有の上限の撤廃…富の収奪化システムの復活…物価の急上昇…貧富の格差の拡大…各々が勝手に好き放題に欲求を述べるばかりで、義務を果たさず責任も担おうともしない。
いずれも歴史に習った、滅びた超古代末期に現れた現象です。
百人議会の面々が、いつのまにか他都市の回し者と入れ替わり、議会が機能しなくなった。
都市王は、変わらず空位のまま…。
下級役人が、かろうじて頑張ってはいるが、もはや都市政府には、この都市を掌握できる力がないことが明白だ。
ああ…この状況は、前世の世界にソックリです。
何故にこうなったのだろう?
伝統であった農業畜産等の振興策が打ち切られ、都市郊外の風景が変わりつつある。
物量や金銭はダブつくほどに余りあるほどあるのに、大多数の都市民の元には回らない。
都市にいては食べられないことから、流出が止まらない、人口の減少が著しい。
都市内では、裕福そうな多数の外都市民の姿が目につくようになった。
光りの教団が幅を効かせ始め、他の宗教は正しくないものと糾弾され駆逐された。
悪魔系列の宗教施設が壊され、本やデータは火に焚べら燃やされた。
食糧と自由を求めるデモとそれを取締る騎士団がぶつかり、多数の死者が出た。
ああ…世界が狂い始めている。
そんな最中、とうとう魔女狩りが始まり、黒山羊様のお陰なのか、いつまでも歳を取らない僕がターゲットにされてしまった。
キャン殿下から、北の衛星都市アカハネに逃げるように再三お誘いはきたが、僕は行く事はしなかった。
僕が行けば、必ずキャン殿下達に迷惑が掛かってしまうから。
この時、僕は先が見えてしまっていた。
きっと、僕は、何処かで道を間違ってしまったのだ。
…
ジャンヌが、僕を裏切って、隠れていた僕の居場所を密告した。
留置され、連日拷問と裁判が開かれ、精神が摩耗した僕は裁判官の質問に頷き、魔女と認定された僕は、重い大きな十字架を背負わされ、キノクニ坂をゆっくりと登ることとなった。
刑場までの市中引き回して、見せしめにされるのだ。
参道にいる人々から暴言とともに石が投げられる。
石が、僕の額や身体に当たり、血が流れ、痛くて涙が出て来た。
「神よ、彼らをお赦し下さい。」
痛みに耐えながら僕は、黒山羊様に熱心に祈った。
とうてい彼らを恨む気にはなれない。
それでも僕は、この世界が好きだ。
…
途中の小休憩中に、立派な大人に成長したペコちゃんが、僕の顔や手脚を、キレイな布で拭いてくれた後、傷薬を塗ってくれた。
服はボロ切れ一枚で、靴は履かされていないから、ありがたかった。
だから、ペコちゃん、そんなに泣かないでおくれ。
…
坂を登り切った、王太子宮殿の門扉が開かれた中で十字架が建てられ、僕は、そこで磔にされた。
大勢の人達が、僕の死刑を見物に来ていた。
今回の死刑は、僕を含めて3人。
隣りの十字架に磔にされた重罪人の女が話し掛けてきた。
よく見たら、以前僕が依頼で捕まえて衛士に引き渡した女だった。
「ハッ、ザマァねいな。私らと一緒にアンタも死刑とはな、ざまーみやがれ、ははは…。」
悪態をついてきたけど、道連れとしては奇遇な縁です。丁寧に挨拶をしておく。
女は毒気を抜かれた顔をした。
…
それから死刑が執行されるまで、その女とは多少お話をした。
磔にされた状態での最後の会話とは、実にシュールな情景です。
女は、死ぬのが怖いと怯えていた。
でも、僕は今回で二度目です。
前回は、あまり覚えてないけども。
だから、経験から、「そんなには怖いものではありませんよ。」と答えてあげた。
死刑が執行される。
槍で一突きですから、即死で苦しまずにいけるだろう。先ずは先程まで会話していた隣りの女が死んだ。
僕に、ありがとうと言い残して。
次は僕の番だ。
正面に槍を持った若い衛士がいる。
ああ…貴方が僕の死なのですね。
蒼白い顔をして、槍を持つ手が震えている。
僕は些か心配になった。
僕の歳は20歳代後半なのに、見た目は未だに少女の風貌を宿している。
役目とはいえ、僕を殺したら彼のトラウマにならないだろうか?
「大丈夫です。怖くありませんから。貴方を怨んだりもしませんから。」
僕の呼び掛けに、若い衛士は、ハッとした顔をして僕を見た。
この直後、処刑を命ずる誰かの声が聞こえ、僕は若い衛士が反射的に突き出した槍に刺された。
…
うん、急所を外したらしい。
刺す際に、彼、目を瞑っていたからね。
まだ意識がある…蒼空がとてもキレイだった。
走馬灯のように今までの人生が万華鏡のように垣間見えた。
… … …
そう言えば…士官学校の夏季講習の際、僕に再三嫌がらせをしてきていた女の子がいたな…お祭りの日、人気のない場所で、男二人に絡まれているのを見かけたけど、至急の呼び出しの最中だったので、躊躇したけど、結局助けることを僕はしなかった。
….何で助けなかったのだろう?
ああ…あれは僕らしくなかったな…どんな理由があろうとも、つまらない感情に心縛られずに、もっと自由に生きれば良かったんだ。
…胃の腑から血が遡り、口蓋から溢れ、流れた。
…苦しい…自然と涙が出た。
ペンペン様達、ちゃんとご飯食べてるかしら…?
そう思ったのを最後に、景色が暗転して、僕の意識は途絶えた。