未知との遭遇③
まずは、エミリーさんを逃がさなければ…。
そう思い、半身になりながら、チラッと目端にその姿を映そうと視線を向け、声を掛けた。
「エミリーさん、逃げ…。」
既に、そこにはエミリーさんの姿は無かった。
遠方まで逃げて小さくなっていく姿があり、やがて建物の陰に消えた。
…は、早い!
想定外の事態に、何だか胸中が騒つく。
…いえ、いいんですけど。
元より、そのつもりだし。
ならば、僕も、逃げ…出せない!
他称ゴリラは、僕を逃す気はなさそうだ。
僕が背面を向けた途端に、その腰に吊った大剣にバッサリヤられる未来予想図が見えました。
「お前が、どんなつもりか分からぬが、私の邪魔をしたことは万死に値する。その小生意気で誘うような面構え、魅了する起伏ある流れるような身体つき、けしからん!実にけしからん!…不敬である。神の代理人たる私が、不浄なるお前を浄化してやるわ!」
ゴリラは、僕の身体をねぶるように睨めつけると、ペロリと舌で唇を舐めた。
すわ…背筋に悪寒が走り、図らずも下がりそうになるのを、堪える。
わわわ…顔面から、嫌らしさが滲み出ている。
どうやら、ターゲットを僕に変えたようだ。
うん…それは想定内なれど。
残念ながら、ゴリラは僕の好みではない。
最悪の心象…でも彼の容姿、言動から、その正体が割れた。
胸元にロザリオが光っている…十中八九間違いないと思う。
ロザリオを持つ神の代理人を語る武門の徒。
それって、一神教の忠実なる使徒、高僧でありながら武術家、光の教団所属であり、都市政府の最重要人物を護衛する近衛…聖騎士に該当。
なにより、こんな独りよがりのトチ狂った言動を平然と宣う武力3000級の剣士などは、聖騎士以外に、そうそういないと思う。
あれ?…だとしたら、奥にいるあの少年は…?
空恐ろしくなり、少年の正体を考えるのは中止する。
なによりあまり、深く考える余裕はない。
今は、目前のゴリラを、何とかすることに考えを集中する。
実力差で、マトモに戦えば、負けるは必定。
ゴリラより、人たる僕の方に知恵がある。
…思慮深さで勝つしかない。
…構想を練る。
初見で慣れないうちに、前へ逃げる→少年が阻む二層構造、前後に挟まれる。
空へ跳躍→脚を掴まれ、地面に叩きつけられる。
左右から周り込み→大剣で一閃、真っ二つ。
退がる→詰められ、捕まえられる。
…あきません。
僕ったら、絶体絶命の危機です。
だがこれまで、この程度の危機は何度となく経験してきました。
こうなる前に、危難からは近づかないようにしていたのに、またしても。
だが、幾千もある運命線では、回避不能な場面もある…今回がそう…だと思う。
僕が、今世で何よりも尊ぶことに選んだのは、自由だ。
それは何事も換え難き、風の如き自由です。
風だ…僕は風になる。
誰も、僕を捕まえられることは、出来はしない。
僕の気持ちに呼応するように、背後から風が吹き始める。
僕の中に風が吹き、身体の内側が透明になり、稜線が崩れ、風となり流れていった………
突風に顔を顰めた聖騎士の傍をすり抜けた風は、その後ろにいた少年の顔をも優しく吹き抜けて…
気がつけば、僕は二人の後ろに、降り立った。
彼らが、消えた僕のいた場所を呆然と見つめ、後ろにいる僕の気配に、振り向き驚愕の顔をしていたのが記憶に残った。
その顔が、とても可笑しい。
…口元を右拳で隠し、クスクスと微笑む。
そして僕は、彼らがフリーズから再起動する前に、その場から逃げ出した。
トンズラです。
僕は、無益な戦いはしないのだ。
なにせ、戦えば負けるは必定。
ならば、戦わなければ良いのだ。
これが僕が練った構想です。
彼らが僕の顔を覚えていませんようにと祈りながら、僕は、その場を後にした。