お祭りTuesday⑥
声に促され、垂らされている布を潜って、奥の部屋に入ると、待合室と同じくらい薄暗い、ほどほどに狭い部屋の中央に占い師は机を前にして座っていた。
ああ、前世と同じ、頭からベールを垂らして、如何にも占い師然とした格好をしている。
声と姿形から、若い女性であることが分かる。
ちょっとドキドキ。
そうそう、やはり、この様ないかにも怪しげで神秘的な雰囲気を醸しているのが良いですよね。
雰囲気作りは合格です。
うんうん…この占い師は、若いのに分かっている。
「ラーヴェ・アラハンドル・ロッコと申します。月の姫御子様。お見知りおきを。」
透き通るような綺麗な声…。
「では、最初に月の姫御子様から占いましょう。」
ヴェール越しながら、先頭で入ったシレーヌさんでなく僕の方を向いて喋っているので、月の姫御子様とは、多分僕のコトだよね?
そんな風に呼ばれると、こそばゆい。
雰囲気づくり?ちょっと設定盛り過ぎかも。
この後、神に選ばれた聖戦士よ、世界を救うのだ、などと言わないよね?
もっとも教室内のラーヴェさんは、長い黒髪を肩下まで垂らした清楚な美少女の常識人で特異な言動はないから、あくまでも雰囲気づくりの脚色の一環に過ぎないのだろう。
ならば、ここは、何それ?などと聞き返すのは野暮なこと…ここは、彼女に合わせてスルーです。
僕らの沈黙は予定通りなのか、ラーヴェさんは、如何にもな水晶球に手をかざして集中している風を装い始めた。
うん、とっても占い師っぽくて良い。
ところで、この水晶球って、何処で売っているのだろう?
水晶球は、球の中心から白銀色に光り始めた。
冷たそうな玲瓏たる輝きなのに、暖かみを感じる…そんな不思議な光りです。
…室内灯に欲しいかも。
ラーヴェさんは、肩で息するほどの渾身の迫力で、ポツポツと振り絞るように、言葉を紡いでいく。
「…ああ、暗闇に洋燈を掲げて一人で歩む傷だらけの黒兎の最期…月の雫が…儚く消えゆく蛍の灯火に。その心のままに生まれ変わり灯を内に宿す。みち行く先は暗黒の大星雲…星々の光りを結集させて抗え。日常の…些細な選択があなたの運命を決別する…思うがままに風を吹かせよ。」
おお…本当に風が吹いたような気がした。
迫真の演技です。
あまりの迫力に、先程とは違う沈黙が辺りを占める。…凄いよ、ラーヴェさん。
まるで、本物の占い師みたい。
…
誰も喋ることが出来ない雰囲気にラーヴェさんの荒い息遣いだけが聴こえる…やがて水晶球の光りは集束するように消えた。
生まれ変わりの言で、ちょっと僕の過去を当てられたみたいで、ドキッとしたけど、その他は漠然とし過ぎて意味が分からない。
でも解説を要求して、万が一でも僕の前世が男だとズバリ指摘されたら、何となく困るような気がしないわけでもない。
複雑摩訶不思議な胸中です。
質問をすべきか躊躇してたとき、後ろの出入口代わりの下げられていた布が取り払われラピスが飛び込んで来た。
「姫様、見つけた!大変、大変、大至急で学校長の処に来るね。姫様に至急召喚状が発布されたよ!」
流石に僕もギョッとした。
至急召喚状…これは登録されたギルド員を、至急に召喚できる支部長以上の権限を持った者に付随する、非常に強い強制力を持った権限で発行された呼び出し状です。
召喚されたギルド員は、依頼を中断しても至急召喚した権限者の処に集まらなければならない。
これに違反すると、除名か追放、若しくは査問会で死刑を問議されるほどの厳しい処分が待っている。
ギルド員にとって、一生に一回受けるか受けないほどの重大かつ希少な召喚状です。
それだけに余程の重大事案が発生しない限り使われることはない。
これは、いったい何事ですか?
至急の程度は、生理的欲求より優先される。
ああ…なんてこと、せっかく友人らと仲良く学校祭を楽しんでいたのに…妨げられるとは。
何故今?地団駄を踏むほどに憤りを感じるけど、まずは全部後回しです。
「…学校長から至急で呼び出されました。これにて御免!」
僕は、周りの皆んなに謝った。
本当に御免なさい。
ラーヴェさんが作ってくれた占いの神秘的な雰囲気が、これではだいなしです。
でも、頭を振って気分を無理やり切り替える。
さあ、お仕事の時間です。
僕は、一人駆け出し、急いで学校長室へ向かった。