春思う
殿下が、有力貴族と懸命に打ち解けようとしている。
うん、うん、小さい子が一所懸命な姿は、微笑ましい。
アッサム辺境伯爵家は、辺境と名がつくとおり、トビラ都市の北方に位置する辺境に所在する衛星都市である。
その規模は、中央の23区の一つに相当する程で、衛星都市として大きいが、独立するには厳しい。
よって、中央とのパイプは死活問題だ。
ちなみに、今、殿下の直近にはギャルさんしかいない。
殿下の相手は、殿下の年齢にあった有力貴族の子息が多いのだが、以前クラッシュさんが姿を現すと泣き出してしまって話しにならなかったとか。
ぷぷっ、だから、あんな遠間にいるのですね。
そして僕もクラッシュさんと同じく壁の花となっている。
殿下から「お姉さまも今日はご遠慮ください。」と言われた。
こういう類のパーティなんかだと、今日と同じシフトを取ることが多い。クラッシュさんと一括りにされるとは誠に遺憾です。
でも、僕の冒険者の威厳とか殺気とか自然に漏れでてしまうのかもしれないなー。ちなみに僕だけ帽子を目深に被るように殿下から言われている。なんで?金髪が目立つかしら。
てなもんでクラッシュさんとは逆の位置に陣取って殿下を見守る。
おっ、殿下は、今度はいかにも生意気そうな男の子を相手にしている。殿下より少し歳上の12、3歳くらいかな。
取り巻きを連れて如何にもヤンチャだ。
ちょっと、雲行きが怪しいかも…
見守っていたら、貴族の子息の護衛と思われるギルドのブルーの制服を着た男がつつつーと寄って来た。
星を一つ着けている。一見して15、6歳くらい。この若さで伍長とは超優秀じゃん。よく見ると何処かで会った気がする。
「アールグレイ准尉殿、お久しぶりです。それにしてもレッドの制服が良くお似合いですよ。」
あ、ウバ君だ。
「ありがとう、君も護衛任務かい?確か君、黒二だったはずだけど、この短期間で二回級も昇進したのかい?凄いなぁ。君。」
「准尉、その言葉はブーメランですよ。せっかく追いついたと思ったのに。やれやれです。改めて昇任おめでとうございます。」
そういえばそうか。でも僕のは実力ではなくて運だからなぁ。これっきりだよ。まあお礼は返しておこう。
「あ、ありがとう。」
「私の護衛対象は、ほら、あの茶髪の子ですよ。」
ウバ君が、指差した子は、今、殿下が対応しているヤンチャ坊主だ。
「ああ、不味いなぁ、あの子ちょっと問題児なんですよ。ルクリリ侯爵家の御子息なんですが、最近自分が偉いと勘違いしちゃって他家の子息と揉めることが多いですよね。まあ確かに大きな力を持った家の子なんですけどね。あ、不味い。」
そのルクリリ家の御子息とやらが、笑いながら殿下の腕を掴んで上に上げている。
ギャルさんは他の取り巻き二人に邪魔されている。
僕は、瞬時に飛び出した。
このままでは、御子息とやらがクラッシュさんにプチッとされてしまう。そしたらルクリリ公爵家とアッサム辺境伯爵家との戦争だ。やばい。やばい。
到着すると、直ぐに、殿下と御子息との間に入り、御子息の手首を握り締めて、殿下の手を離させた。
まだ、騒ぎにはなっていない。
ここは、穏便に収めなければ…。両家の不仲が噂になってもまずい。
「何をするか!貴様、たかがギルド員風情が貴族に暴力を振るってただで済むと思うか!」
おお、元気な子だ。
「貴族の前で着帽とは無礼である。取れ!」
あ、僕の帽子を御子息が手で払った。
ああっ、僕の帽子が飛んでいく。
直近で、御子息と僕の目が合う。
御子息の目が真ん丸に開き、口を開け、僕の顔を注視して動きが止まった。取り巻きの二人の少年もご同様だ。
完全にフリーズしている。
えーと、どうしたのかな?
「き、きっ…。」
き?御子息の少年は喋りだしたかと思ったら、き としか言わない。何かな?小首を傾げると、また喋りだした。
「うおっ、きき、きさま、いや、きみはぁ、きみの名はー。」
なんだ、吃り気味だけど、ちゃんと礼儀正しく話せるではないか。ここは社交の場だから、相手が子供とはいえ、殿下に恥を欠かさぬように友好的にしなければ。
「僕はキャンブリック・アッサム殿下の護衛。ギルドから派遣されたアール・グレイ准尉と申します。仲良くしてくれると嬉しいな。」
思いっきり笑顔で、少年の右手を両手で握って握手した。
少年の動きが、僕を注視したままで、またも動きが止まる。他二人も後同様だ。
どうしたのかな?
しばらくして、少年の顔が真っ赤に染まっていく。
「な、…。」
な?
「な、な、て、てんし、なんなんだお、おーーーーー!」
少年は、叫び声を上げ逃げだした。
他二人の取り巻きも、少年を追うようにして逃げていく。
え?なーに、これは、貴族の儀礼って変わってるなぁ。
ウバ君が、「失礼します、また今度。」と言って少年を追って行く。ウバ君、なんか笑ってたような。
ギャルさんが僕の帽子をとって、埃を叩いて渡してくれた。困ったような嬉しいような複雑な表情をしている。
「お姉様…。」
殿下、僕、珍しく頑張って友好的に対応したよ、褒めて褒めて。
「退場です…。」
殿下が、クラッシュさんの方を指差す。
がーん!何故だ?…解せぬ。