お祭りTuesday④
店内は、薄暗く芳しいお香の匂いがした。
シレーヌさんの高い背中を見ながら、前へ進む。
ムムッ、この並びは前面にだけ敵がいた場合に有効…前衛に物理近接オールラウンダーのシレーヌさん、次に物理攻撃防御プラス魔法も使える中衛の僕、最後に魔法専門の後衛のアリス。
しかし、この順番はバックアタックされたら最悪ですね。
…などと編成について考え込んでいたら、前方から、明かりが漏れて、声も聞こえて来ることに気がついた。
…どうやら、ここは待合室で、占う場所は奥にある部屋らしい。
「…だから、何で私が役員に選ばれなかったのよ!私の今までの努力は、いったいなんだったの?」
聞き耳を立てずとも、妙齢の女性の激昂した声が丸聞こえてます。
そして、この声には聞き覚えがあります。
話した内容からも同級生に間違いないでしょう。
対応している占い師さんの落ち着いた声も聴こえるけど、その内容までは、声が小さくて聞き取れません。
「ジーニアスの頭脳やアレクサンドリアの家格に負けるのは仕方ないとしても、私が養女になって貴族になってしまい護民官にもなれなかったのも諦めるしかないのは分かる。しかし何故私の実力評価が、あの可愛いだけのアールグレイより下なのよ!男に媚びるような仕草と、ロリ可愛い顔と男ウケする抱き締めたくなるプロポーションに皆んな騙されてるんだわ。きっとギルドの審査官を、あの身体で籠絡して評価を高くしてもらったに違いないわ。贔屓よ!…いやらしい。許せない!本当の実力一位はこの私な・の・に〜!」
…
こんな場所で自分の名前が出て来るとは思いもよらず、ちょっとビックリ、思わず三人で顔を見合わせる。
アッ、この声はエミリー・タウンゼント・ハーニーさんの声です。
たった今、思い出しました。
明るく活発的な、僕と違い人見知りしない方です。
教室内では、いつも周りに複数の男性がいて仲良く話している声がよく聞こえていましたよ。
彼女が男性と接している際、女性の可愛い声全開で、正に媚びているって、このことを言うのだろうなと、意識外でそう思ってました…実にあざとくて、面白い方です。
冒険者ギルドには珍しいタイプだけど、良くも悪くも、うるさ目立つので、声は覚えていました。
実は顔は…よく覚えていない。
薄情ではないよ…40人いるのに、この短期間で全員覚えられるわけがないでしょう?
エトワールは、覚えたみたいだけど、彼女は列外です。
「…それでどうなの?あの陰気なアールグレイがいなくなれば、私がきっと浮上できるはず!私の本来の位置に戻れるに違いないわ。あの年増で老害が私の栄光の道に蓋をしているの。なんて酷い!可哀想な私。私の幸せのために、アールグレイを排除するのに、もちろんあなたは協力してくれるわよね?私の養父はハーニー伯爵家よ!」
!…僕…年増で老害なの?
…酷い言われようです。
うーん、どうしようかしら?
チン!
本当に微かに音がした。
音がした方を見れば、シレーヌさんが刀の鯉口を切っている。
「姫様、…斬りましょう!彼奴の我らが姫様に向かってあの物言いは無礼にも程があります。姫様の御幸に奴は百害あって一利なし。この絶好の機会に排除しましょう。」
シレーヌさんの感情には揺らぎがない。
静かに、淡々と言ってくるので、僕が賛同すれば、即刻動いて、エミリーさんは、この世界から消滅するでしょう。
…息を呑む。
…前々から、感じてはいましたが、いつも判断に迷う僕と違って、今世の方々は決断力が半端なく強い。
その潔さは、羨ましいほどです。
アリスが、杖を取り出して、いつでも魔法が使えるように、相手に気取られぬよう少量の魔力を杖に流し始めている。
…しかし、僕は首を振って、彼女らを止めた。
ダメです。
僕も、この世界に産まれて19年過ごしているので、シレーヌさんの行動は、納得しているし、腑に落ちている。
それでも、ダメです。
この世界が実力至上主義で、生命が儚く散るならば、…僕自身は生命を大事にしたいと思うのだ…無論、敵対し実害あるならば躊躇なく生命を絶たねばならないのは、惜しいけど仕方ない。
だがまだだ…エミリーさんが、どう僕のことを思っていても、今の僕には実害はない。
ちょっとショックで哀しくなったけども。
でもまだ、僕は大丈夫。
だから、僕はエミリーさんの生命を大事にしたい。
だが、そんな僕の思いとは裏腹に、前の部屋から漏れて聴こえるエミリーさんの声は更なるヒートアップしていくのであった。