[閑話休題]ギャル・セイロンは見た。(後編)
…薬袋ない話しが延々と続いた。
既に大分時間は過ぎ去っている。
マドレーヌは美味しかった。
茶葉の種類まで、分からないけど、お菓子の甘さを払拭するように清々しい中にも、微かな渋い味わいがある…味わうは至福の時。
もてなされるとは、気分が良い。
だが、それにも適度がある。
元来、私は直情径行、まず始めにハッキリ言ってもらうが性に合います。
ジルの話しに任せて聴いていましたが、このままでは寮のお風呂の火を当番が消してしまう。
そこで、キリがないので私はジルの話しを遮った。
「もてなしは有難い。でも騎士殿は、私に用件があったのでしょう?このままでは寮のお風呂の時間に間に合わない。単刀直入に言ってちょうだい。」
ジルの話しはピタリと止まった。
元々騎士殿は、私より頭が良い。
私の言い分は、既に理解できてるはず。
それでも言い難かったのだろう。
でも、待つにも限度がある。
「…私のことはジルと呼ぶべし。」
すかさず、私の言に訂正を挟むまでは、騎士殿らしいけど、そこから乙女のようにモジモジしだした。
…
私は、何となく直感で、一つの絵を指し示した。
ジルの姉上以外の人物画です。
崩れ落ちた建物を背景にした女の子の写真、貴族から獣人まで多様な多くの民が、その彼女の前にひれ伏している。
絵の中心の彼女は、神秘的な美しさと愛くるしい可愛さが絶妙なバランスで描かれている。
この世のものとは思えない可愛さに、私は心当たりがあった。
「この中心の女の子は、アールちゃん…冒険者ギルドのアールグレイ少尉ですね。もしかして関係あります?」
騎士殿は、途端に真っ赤になって…頷いた。
「ギャル…とサンシャに出掛けたあの時、初めて彼女と出逢った。最初は士官学校出の新人で、無謀な行動を掣肘して、助けてあげようと思った。学校の可愛い後輩かと思ったから。でも違った…あの技倆、魔力、胆力、私には足元にも及ばない…あの姉上が友誼を結んだのも頷ける。聞けば、殿下も師事されてるとか…なにより私より歳上なのにメチャクチャ可愛いの。キャー!小さくて柔らかいし良い香りして、頼りがいがあって凛々しくて…ああ、私には姉上がいるというのに、私、どうしたら良いのかしら?姉上を敬愛する気持ちとは、又違うドキドキ感で、こんな気持ち初めて!ギャル姉様に、相談したくて…。」
むむ、騎士殿…ジルも、アールちゃんの魅了にやられてしまいましたか。
これは、アールちゃんが悪いです。
オフの日に時折り見せるあの天真爛漫な笑顔が、今、思い返すも、眩しく暖かい気持ちになる。
ジルに馴れ初めを聞いたら、サンシャ脱出の際、窮地を脱した後、アールちゃんから、怪我が無いか心配そうに聞かれたそうだ。
ジルの無いという答えに、良かったと返した笑顔に、心臓を貫かれたそうで…アールちゃんは、アチラコチラに天然で、ファンを増やしているなぁ。
この後、私のアールちゃんとの出会い編から経験談を話し始め、ファンクラブの入会方法とかを教えたり、大いに盛り上がった。
気がつけば、寮の風呂の時間は過ぎ去り、門限はないが、どうしよう?
困っていたら、ジルが部屋のお風呂に入ってよいと言う。
いやいや、いくらなんでも、替えの下着もないし。
「大丈夫です。ギャル姉様のサイズの下着は既に用意してます。ベッドは大きいので二人で寝れますから…昔は、姉上と一緒に寝たものです。ああ、懐かしいわ。」
え?!
「さあ、さあ、一緒に入りましょう。お背中お流ししますから。」
強引に腕を掴まれて、浴室へ連れていかれる。
え?!?
アレよアレよと言う間に、裸に剥かれて、洗われて、一緒に浴槽に入り、新しい下着(ピッタリだった。)に脚を通して、パジャマも貸してもらって、気が付けば、一緒のベッドに並んで寝てた。
え?!??えー!
横から、手を握られた時は、ドキッとした。
「ギャル姉様、私達、友達ですよね?私、対等の友達って初めて…。」
私は、答える代わりに、手をギュッと握り返した。
ジルの手から一瞬の緊張と安心からの弛緩が伝わって来た。
…なんかいろいろ察してしまった。
きっと、ジルは優秀過ぎたのだ。
周りは、ジルに付いていけなかったのだろう…唯一ジル並みに優秀なお姉さん以外には。
天才故の孤独…きっとお姉さんがいなかったら、ジルは歪んでしまったかもしれない。
けど、お姉さんの影響を多大に受け過ぎている。
ジルの真面目で真摯な人柄…お姉さんも、きっとそうなのだろうな。
…
横からは、安心した為か、スヤスヤと寝息が聞こえてきた。
きっと、今日は、計画して、準備して、勇気を振り絞り、私に声を掛けたに違いない。
…
その勇気には敬服するし、ジルに友誼を向けられて悪い気はしない。
しかし、私にはジルより勝る点などないのに、この様に懐かれるのは不思議です。
うん…ジルには、今度、手を抜くことを教えてあげよう。
そう決意した所で、私は意識を手放した。
…
翌朝、ジルに起こされ、朝ご飯をいただき、身支度を整えられ、送り出された。
ああ、なんて楽なのだろう。
優秀な新婚の奥さんを持った気分です。
これならば、リフレッシュして、お仕事頑張る気分にもなる。
…
「あら、ギャル、今日は早いですね。それに機嫌が良いようですね。」
殿下からも、指摘された。
いつも、遅いわけではない。いつもは普通の時間に出勤してますから、誤解ないように。
しばらくして、出勤してきたジルと顔合わせる。
何だか気恥ずかしいけど、ジルはいつもの鉄面皮だった。
「どうしたんですか?ギャル衛士。私の顔をジロジロ見て。私に見惚れる暇があるのなら、精進しなさい。」
え?!
「以前の勝負は、私の負けでよいでしょう。騎士に二言はありません。でも、あの体たらくで次、戦った時、私に勝てるとお思いですか?」
え!?!
騎士殿は、厳しい物言いを残し、鼻で笑って去って行った。
え!??えー!
殿下が苦笑して、ファイト!とジェスチャーして来る。
ジル…ツンデレにも、程があります。
ああ…アールちゃん、今頃、何してるのかしら?