雨の降る頃❸
彼女は、あの女は、言いたい事だけ言い立てると、教室から立ち去ってしまった。
…
その後、静寂であった教室内は、其々が喋り出し騒然となった。
何て奴だ…平民が貴族に楯突くだけでも前代未聞…!
いや、あの女は、生意気にもギルドの正規のレッド、既に星一つを所持している少尉であるから、貴族の最下級の騎士と同格、在任中は平民とは言えないのか?!
私に対し、言い放った彼女の…あの女の言葉が、私の胸中で、グルグルと渦のように回っていた。
それなのに、なんて事…私を、こんな状態にさせたまま、あの女は、何の未練もないように、居なくなってしまったのだ。
唇を噛み締める。
私は今まで、貴族が人類のトップであり、重要であり、掛け替えのないものであると思っていた。
即ち、貴族こそ頭脳であり、人類の司令塔に相当するもので、平民、獣人は何とでも替えの効く消耗品であると。
…
父上は、下命に異議を唱えようとしただけの平民を、一刀のもとに切り捨てた。
貴族と平民は、同格ではないことを行動で示したのだ。
これこそ、貴族の模範であると知った。
…血の匂い漂う中、素晴らしくも誇らしいと感じいり、その日の夜は寝れなかった。
平民どもは、放置すれば、好き勝手に身勝手な理屈を言い立て、やるべきことをやらず、何もしない。
命令しなければ、動かない怠け者どもには、厳しく躾けなければならないのだ。
赦さず、断罪を下す。
これぞ貴族の務めであり、人類を導く、崇高な役割りを、私達貴族は担っている。
その責任を全うしなければならないのだ!
だから、私が喋る獣を相応しい場所へ追い出すのは、秩序を全うするために、正しい行為であり、あの女が、立ちはだかったのは、間違った行為なのだ。
そして、私達に一喝したことも許されない…だが、…私は、まるで夏の暑い陽射しをの中で、冷水を浴びたかのような目が醒めるようなショックを受けたのだ。
そして、見開いた眼で改めて女を見て、再度ショックを受けた。
…!?!
犬の獣人を、護るかのように立ちはだかる彼女の姿は、なんと可憐で清楚で美しいのか!?
私に向かって凝視する顔立ちは、なんて凛々しくも可愛いのか!?
…
…何故、今まで気が付かなかったのだろう?
地味で、つまらない女と思い込み、今まで全然気にしていなかった。
私の前に現れた、その身姿は、気高くも美しい…私は、我を失い…見惚れてしまった。
見れば見るほどに、感嘆した。
…
だから…その唇から、奏でられた悪口雑言さえも、私に向かって言われていると分かると、実に耳に心地良く感じた。
そして、私は、彼女の口上の内容に、更にショックを受けたのだ。
彼女の言葉を思い出す。
「…人は、必ずミスをする。前へ進もうとする勇気ある者ならば、必ず間違いもするし失敗もある。人はそれでも壁を乗り越え、山を登り、歩んで行く。それなのにそんな勇気ある者を、ミスや失敗する度に、処断し、排除していては、この世の中に、誰も居なくなってしまう。僕は勇気ある彼らを尊重したい…」
銀鈴のように、心が洗われるような優美な声が、私の耳朶を打った。
なんて…女だ…彼女は、失敗したつまらない塵芥どもを、処分せず、赦そうというのか??!
…信じられん。
それは、私が信奉していた貴族の信条とは、真逆の思想… … …だ。
彼女は、自らの犠牲をものとせず、たかが犬獣人を救けるために、貴族の私の前に立ちはだかった。
愚かしい行為だが…その勇気ある行為は称賛に値するように感じた。
私に、刃向かう言動の数々は、実に愚かしい…だが、其処にはキラリと光る何かがあった。
そう…まるで、キラキラと輝いて見える彼女のように。
ああ…彼女を抱き締めたら、きっと柔らかく、香しいに違いない。
…自分の息遣いが荒く、胸がキュッと縮こまる感じがした。
私に逆らい、悪口雑言を艶のある唇から吐く、憎いはずの、この女への私自身の気持ちが…まるで分からない。
可愛いのに、….憎い。
相反する気持ちに、気持ちが千切れるようにつらい。
けれども、離れたくはない。
そう…許してはならないのだ。
この女は、敵だと、無理やり自身を鼓舞した。
「き、き、貴様、私のみならず、誇りあるクシャ男爵家をも汚す悪口雑言の数々…唯で済むと思うよ。…決闘だ!決闘を申し込む!お前など、負かして奴隷として一生飼い殺しにしてやるぞ。」
…思わず口に出していた。
彼女の身体を、上から下まで舐めるように、見てしまっていた。
ゴクリと唾を飲み込んだ。
…
決闘すれば勝てる…こんな華奢な身体で…私に勝てる分けがない。
女の中で魔法で一位だとしても、女など速攻で押し倒してしまえばよい。
そして、彼女は、私のモノになる!
…
興奮で想像し…我に返り、早速、着手しようとした時、邪魔が入ったのだ。
それは学校長からの呼び出し。
彼女は…いや、あの女…は、私の事など歯牙にも掛けずに、風のように立ち去ってしまった。
ああ…立ち去ってしまった。
犬の獣人を大切に思い、まるで私の事などは、つまらないもののような彼女の立ち去り際の態度に、私はショックを受けてしまっていた…何故?
憎い気持ちが、強く湧き起こる。
ああ…そうだ!…あの女は、貴族に逆らった処分を受けなければならないのだ。
そう、厳罰を受けなけれならない。
もし泣きながら赦しを請い、私のモノになるのなら…一生を掛けて更生させてやろう。
彼女の柔らかそうな身体と泣き声を思い浮かべる。
…
そう…寛容だ。
父上も、女性に対しては、優しく、時には厳しく、そして寛容であらねばならないと、溜め息混じりに仰っていた。