雨の降る頃⑤
教室の前扉を開けて入ってきたのは、オクタマ湖で小さなお地蔵様のキーホルダーをくれた、歳若い女性教官だった。
彼女とは、以前ラーメン屋で会ったことがある。
今日は顔に派手な化粧はしておらず、衣装もギルドの制服である。
たしか御名前は、ミリオネラ・グラナダさん。
姓から、軍事系の貴族のグラナダ侯爵の一門なのだろうと推測できる。
階級は赤の星二つ…中尉…若手の中では、トップクラスに違いない。
彼女とは、今まで、ほとんど会話したことはない。
しかし、少ない言葉の端々の片鱗からは、明晰な頭脳と深い心情の人柄が窺える。
知り合いとも言えない程の間柄ながら、なんとなく…通じる感じがする。
…シンパシー?
全く、姿形、立場、産まれ育ちも違いながら、根幹で共鳴するものがある。
それは、多少の差異がありながらハロウィンにも感じた何かだ。
僕達は、仲良くなれるかも?
しかし、彼女は、ハロウィンと違い、そのような感情は表面には出さない…今も鉄面皮です。
…
その変わらぬ表情を見てるとグラリと自信が揺らぐ。
…僕の気のせいだったかもしれません。
彼女は、僕の方を冷徹な眼差しで一瞥した。
「アールグレイ少尉、学校長がお呼びだ。校長室に出頭せよ。」
教室内の雰囲気を全く無視して、彼女は用件だけを述べると、扉を閉めて去っていった。
軍隊では上官の命令は絶対。
ギルドでも、集団行動の際は同じ。
士官学校では、集団戦における戦いと戦闘指揮を学ぶことから、夏季講習中は、戦時に準じている。
指示命令を認識したからには、直ちに行動しなければならない。
僕は、隅に佇んでいた教官に、退室する報告をすると、踵を返して教室から退出した。
既に、僕の意識は、学校長からの呼び出し理由について意識が切り替わっている。
歩きながら、学校長に対する思索を巡らせながら、脳内の片隅で、クシャなんとかとの決闘について放置したことに気づいたが…既に目的は、僕にとり重要な半分部分は達成していることから、後は成り行きに任せようと思った。
だって、後の半分は、結局は本人次第であり、僕にとっては些末な出来事に過ぎないから。
日常では、決闘沙汰などで戦うなどは、そうそうない。僕は平和が一番であると思う。