雨の降る頃③
僕は、教室中を見渡した。
今この教室にいる者は、皆、冒険者ギルドの粋を集めた高潔で有能な将来のギルドを背負って立つ若者達だ。
きっと話せば分かる。
だから、僕は尊敬の念を込めて、彼らに話し掛けた。
「ああ、どいつもこいつも、ここに居る奴らはボケ茄子の薄っすらパーしか植ってないのか?頭が残念過ぎるにも程がある!」
僕の、水平線まで届けと出した大声が、段差の着いた席の奥の壁まで響き渡った。
ふむ…水を打ったような静寂が心地良い。
多数でよってたかって一人を糾弾するのがギルドのレッドに相応しい在り方かな?
僕、怒ってないよ。
ただ、残念ではある。
こんな光景は、前世でうんざりするほど見てきて、些か見飽きた。
失敗、ミス、イライラ、不調…精神的なものから事実まで、不味い現実を一人の生贄を吊し上げにする事で、さも解決したかにみせる。
…欺瞞にすぎない。
それでは、何も進まない。
他者に責を押しつければ、心は楽であろう。
一人の犠牲者で、責任は取られたとされ何事もなかったことになれば、易きことですか?
貴族は勿論、ギルドのレッドならば、超古代史には精通していることだろう。
もし生贄をもって良しとするならば、5000年前に滅んだ超古代人と一緒に滅べばよい。
大人ならば、ツラい現実は、刮目し、直視して認めなければならない。
…それを、勇気と言う。
禍福はあざなえる縄の如し。
先の事は分からないし、正解など渦中で歩みながら当てるなどは至難の技で、半分当たれば恩の字です。
失策、間違い、ミス、災いは、当たり前の現象なのに、その度に、生贄、吊し上げ、人柱…形容の仕方は様々なれど、その責を、個を処分することで禊ぎを済ましたと装う…そんな人類の悪癖は、そろそろ直さないとね。
ましてや、我々の疲れのピークやイライラは、この犬族の獣人の子のせいではない。
この子の遅刻の後めたさにかこつけた、ただの八つ当たりです。
僕、怒ってはいない。
ただ、ただ残念なだけだ。
目端に、余裕そうに佇んでいた教官殿の眼を見開いた顔が映った。
僕が、静かに説得するとお思いか?
貴族が吐いた言動に相応しい言葉を贈り返しただけですが、何か?
…
僕のような優しい言葉を掛けられた経験がなかったのかもしれない。
その貴族のレッドは、呆気にとられ、それから顔面を真っ赤にさせて、立ち上がった。
「き、貴様、このクシャ男爵家の嫡子たる私を馬鹿にするか?たかが平民風情が!許さんぞ!」
良し。
怒りの鉾先が、僕に移りました。
だが、クシャミ男爵よ。口喧嘩で、女性に敵うとお思いか?
僕は、日頃からダージリンさんとお茶をした際、貴族の基礎教養からゴシップまで、雑談で知識を仕入れている…クシャ男爵家の噂話もその中にあった。
何しろ貴族は、低位でも大抵は数代の歴史があるから、噂話に事欠かない。
仕入れた話しを、ある事ない事、話しを膨らませ散々当て擦ってやった。
…
…
…
途中で当然、クシャミ男爵も、権威を振りかざしてきたが、これも、ルフナ流悪口雑言術で何倍にも言い返してやる。
…
…
…
…
ああ、実に、気分がスカッとして気持ちが良い…これは癖になりそうです。
前世では経験したことのない爽快な気分で、新しいことを為すのは、実に新鮮…実は、以前ルフナと一緒に依頼を受けたときに、ルフナが無法者達に言っていた悪口を覚えていて真似してみました。
目の端に、ルフナが右手の平で目元を覆い、ガックリとしている姿が映る。
フッ、ルフナ師匠、僕、言ってやりましたぜ!
内心で、ルフナに対して親指を立てる。
クシャミ男爵の顔は、赤くなり、蒼くなり、それからまた赤くなった。
もはや、周りは観客と化している。
僕とクシャミとの、口喧嘩での言葉の応酬は続いた。
…
…
…
そして、軍配は僕に上がった。
当然です。
小さな子に八つ当たりする輩が、この僕に口で勝てるはずもない。
…
「き、き、貴様、私のみならず、誇りあるクシャ男爵家をも汚す悪口雑言の数々…唯で済むと思うなよ。…決闘だ!決闘を申し込む!お前など、負かして奴隷として一生飼い殺しにしてやるぞ。」