白響
真夜中丑三つ時、街中が緑色の餓鬼で埋め尽くされていた。
ウゴウゴと蠢く緑色の小鬼。
ギラギラてギョロっとした濁った眼が黄色く光る。
アール・グレイ達の居るホテルに向かって、集団となり、小さな川が合流して大きな河となるように、小鬼共は波のように押し寄せた。
最初に異変に気づいたのは、ホテルマンのフロントであった。勤めて30年ベテランの真面目な男であった。
夜間帯は、出入口は施錠するのであるが、ふと施錠したか気になり扉を確認しにきたのだ。
だか、そこにいたのは…緑色の小鬼がガラス扉に何匹も張り付いた状態であった。後から後から波のように重なり押し寄せる小鬼。ガラス扉に張り付いた何匹もの小鬼の眼がギョロギョロと動き、ホテルマンを見て舌舐めずりをする。
「なんだ…ああ、なんなんだ…。」
驚きと怯えで動くことができず、驚愕の顔をしたホテルマン。これが彼の最後の言葉となった。
ガシャーン!
後から後から押し寄せる小鬼共の圧力で、ガラス扉が割れたのだ。
小鬼の波に飲まれるホテルマン。
小鬼共は、次から次へと押し寄せ、階段を登っていく。
ホテルのビルの周りは、既に小鬼で埋め尽くされていた。
「今、何か音した?アールちゃん。」
「うーん、いいえ。」
うーん、眠いです。
殿下はスヤスヤとお休みだ。僕も…実は、睡眠不足に弱いんです。
クラッシュさんは、出入り口の扉を背にして、瞼落ち、鼻提灯を出して、グゴー、グゴーと声を出している。
あれ?完全に寝てますよね。クラッシュさん。
いや、あれは擬態なのか、敵を油断させる為の擬態なのか?
何だかクラッシュさんを見てると、何が正しくて何が間違っているのか、分からなくなってしまうよ。
ドーン、ドドーン。
「アールちゃん、何か扉の方から音が聞こえたような。」
「うーん、いいえ。」
ドーン、ドーン、ドーン。
「アールちゃん、お、お、音してるってば、絶対。間違いないって。」
「ああ、風が強いのかも。ふぁーむにゃ。」
ドドーン、ドドーン、ギシッ。
「来てるよ、絶対来てるよアールちゃん、起きて。」
ギャルさんが、僕と殿下を庇うように、僕と扉の間の位置に立つ。
既に剣を抜き放ち、臨戦態勢だ。
うーん、眠い、今日の僕は絶対働き過ぎだ。
ギリギリまで休みたい。
ドドーン、バキ、ガシャーン。
そして、遂に扉は破られた。押し寄せる緑色の小鬼。まずは怒涛の如く押し寄せる小鬼の波にクラッシュさんが呑みこまれた。
続いて、波が僕達に押し寄せて来る。
もう10メートルとない。
ここで、僕は起きた。
眼を開く。
「結界陣起動ー!」僕の声にギャルさんが応える。
「結界陣起動ー!起動ー!」ギャルさんの叫び声が街中にコダマした。
ギャルさんが街中に埋め込んだ楔が光り、光柱となって天を突く、そして光が地面を走り楔同士が光で繋がった。
準備は整った。
身体中に魔力を走らせ、気合いを乗せて、手の平で柏手を打つ。凛とした音が広がっていく。
「[白響]。」言霊をのせる。
白い光が奔流となり、結界内を埋め尽くす、邪なるモノを浄化する聖なる光だ。
学生の時、巫女のバイトをした際、習った白家神道の神主さん直伝の神術だ。下級の小鬼など、ひとたまりもあるまい。
雪崩の様に部屋内に押し寄せた小鬼共が光の奔流に呑まれて一瞬で消える。
神聖な気に触れ一瞬で浄化したのだ。
実は、ギャルさんに頼んで、あらかじめ結界を広く大きく取って、結界を二重に、してもらっていたのだよ。
結界内に閉じ込めれば撃ち漏らしもなし。完璧だ。
部屋の床には、大の字になり鼻提灯を出して寝ているクラッシュさんだけが残っている。
おおー、どんだけですか。
凄いよ、クラッシュさん。
その頃、ホテル一階のフロント前では、最後の言葉を言ったホテルマンが、怪我なく起き上がり、最後からの復活の言葉を発していた。
「あれ?夢だったのかな…。」
「あ!ごめん、アールちゃん、楔の隙間から一匹漏らしちゃった。あの最初に見たアレ。」
えーー?!なんですとー。だ、だ、大丈夫、想定内ですよ。