蝉の鳴く頃❶
全ては、私、エトワール・ヴァロワ・モロゾフ・オリッサの計画通り。
面倒な総代を了承したのもアールと親しくなるが目的であって、決して本意ではない。
猿どもの政争やしがらみに縛られるくらいなら、部屋にこもって研究に費やす方がマシなくらいだ。
副総代にアールが選ばれるのは、あらかじめ分かっていた。彼女の実力と評価は、他の追従いを許さず突出している。彼女を実力第一人者に選ばなければ、ギルドの選択者の能力を疑って、ギルド職員失格の烙印を押す事だろう。
もう一人の副総代は、最高権力者から選ばれる。
士官学校に現に在籍しているルピナス公爵令嬢が夏季講習を希望したから、王族でも来ない限りは彼女で当確であり、事実その通りとなった。
ルピナス嬢は士官学校の最上級生。
士官学校は、近年4年で卒業と改正されたため、彼女は私と同じ19歳である。
昔は、短期間で実力を養うために夏季講習を希望する者が数多くいたが、在籍が4年と改正され長期に及ぶため、昨今、夏季講習は忌避され、希望する貴族は少ないという。
ならば希望したルピナス嬢も、高位貴族に相応しい威迫と優雅な見た目に反して少々変わり種かもしれない。
だが貴族とは自然と猫を被っているので、定かではない。
どちらにしろ、変数は範囲内であり、私の計画に誤差修正はなく順調である。
しかも、今日は嬉しい誤算があった。
両親からは頻繁に連絡が来るのだが、その都度、実家の業務の進捗状況を逐一報告してきて裁可を仰いでくるのがウザい。
家業が潰れても困るので対応しているのだが、私が開発したチョコによるパフェのフェアを開催するので、試食して欲しいとのこと。
… … …。
…瞬時、心中をいろんな感情が駆け抜けたが、糖分の摂取は必要と判断し、喫茶室で用意してもらったチョコパフェを昼休みに食していた。
すると、通りがかったアールが、ツカツカ私の処に寄って来て、怒ったように事案処理や事務処理を効率よく進め、優雅にチョコパフェを食べることが出来るコツを聞かれたのだ。
おや、アールの方から私に絡むなど珍しい。
たとえ怒りの感情でも私に向けてくれるなら、嬉しい。
フフッ…この様な功徳があるならば親孝行も馬鹿には出来ないな。
途端に口に入れたチョコパフェの味が鮮明に感じられた…美味しい!
しかし、残念ながら処理にコツなどはない。
私がチョコパフェを食べてるのは仕事であり、私の頭脳が高性能で、あらかじめ準備に余念なく、着手を早めにして推し進めているから、当然早めに終わるだけの話しで、解答しようにも、そんなものはない旨を回答した。
私に苛立ちを微かに露わにするアールと会話する喜びで頬が紅潮して、笑顔になりそうになるのを引き締める。
すると、なんと、アールが、私の食べ掛けのチョコパフェを取り上げて、一気にバクバクと食べ始めたのだ。
ああ…私の食べ掛けを、あんな美味しそうに…。
アールは、食べ終えた器をテーブルに置くと「ご馳走様。」と律義に頭を下げて挨拶してから、颯爽と去って行った。
アールのいきなりの行動には意表を突かれて、この私が驚いてしまった。
やはり、アールは凄い!
私の想像の斜め上をいく。
そ、それより、私の食べ掛けのチョコパフェが、アールのあの、お口の中へ……?!!
午後は、そのショックでボーとして過ごし、その日の夜は、興奮して寝られなかった。
窓辺に立ち、月を観ながら、溜め息をつくように声を静かに出してみた。
アールの唇を思い返して、自分の唇を指で触り、興奮して鼻血が出そうになったので、思いの吐息を声にして外へと出してみたのだ。
アールに初めて会って以来、何故か避けられて、ここまで、近くに来るのに10年近く掛かっている。
そして、今日はなんと、私の食べ掛けをアールが食べてくれたのだ。
食べ掛けだから、私の唾液とか付いてるかもしれない食べ物を、嫌がりもせずに、美味しそうに食べてくれたのだ。
私のが、…アールに食べられてしまった。
喜びと興奮で、身体中が熱っぽい。
計画以上の出来事です。
ですが、浮かれてはいけない。
一緒に仕事をして親密度を上げて、ゆくゆくは親友たる地位を確立するの…そして、その先は…
…
考えが走り過ぎて、興奮し過ぎ…鼻血が出たので、同居室の子に世話になってしまった。