暴風
「伍長、アールグレイ伍長、まもなく着きます。」
ウトウトコックリしてたら、左隣の座席に座ってた若い黒星の声に起こされた。
うん、…結構な時間寝てたかも。
僕、イビキかいてなかったかな?
だとしたら恥ずかしい。
チラリと目だけで隣りを見る…大丈夫だよね?
窓から外を見る。
太陽は、ほぼ中天をさしていた。
ちなみに、僕は伍長と呼ばれたけれど、ギルドは階級を色と星の数で区分してるだけなので、正式な階級名はない。
ギルド自体は互助組織的な色合いが強いし、基本皆自立した自営業者なのだから、皆対等で平等なのだ。
だから当初、星の色や数は、個人の実力を示すだけの意味を表すだけだった。
しかしながら、組織で、しかも生死に関わるときに統率が取れない烏合の衆では話しにならない。
よって自然と実力差を示す星の色と数が、組織で動く際の上位下達の指揮系統に成り代わってしまった。
伍長は軍隊にならった青星1個の、別称なのです。
「…着きましたか?」
「軍曹殿、あと約1キロで着きます。」
隣りの若い黒星に聞いたのに、何故か運転していた年嵩の黒星が即座に答える。
後ろ姿と、ミラー越しに答えた彼の顔が見えたけど、ワイルドな顔つきの歴戦の猛者であることが窺える。
…彼の顔には、僕、覚えが無いや。
もっとも僕の事を、軍曹殿と言う人は限られている。
もしかして、君、昔の僕の事知ってるの?
「君は、僕を知っているの?」
記憶には無いので、率直に聞いてみたり。
実は、僕は数年前、僕の階級は青星2個だった。
つまり、通称は軍曹。
恥ずかしながら、降格されちゃったのだ。
だがまさか、左遷先で僕の昔を知ってる人がいるとはね。 うんうん…複雑な心境です。
僕は君の事知らないのけれども、いつ何処で会ったのだろうか?
なんだか僕だけ知られているのは、何だか座りが悪い。
はたして僕の疑問に答えるように黒星の彼が答えた。
「俺は、昔、シナガ防衛戦の際、生命の危機に陥れた無能の金星セクハラ指揮官野郎をぶっ飛ばした現場にいましたぜ。」
ミラー越しに、浅黒い肌の20歳代後半に見える無骨そうな男が、ニヤリと笑った。
その言葉に僕の左隣りにいた若い黒星が、ギョッとした顔をして呟いた。
「まさか…[暴風]?!」
いささか業腹ですが説明しよう。
それは数年前の話し。
対敵性生物群との対戦現場で、同僚だと思われる少女にセクハラかましてきたり、都市民を悪性生物の生贄にしようとしていたトンデモ貴族の将軍格の金星を、僕がぶん殴って止めた事があったのだ。
…だって誰も止めなかったから。
…見るに見かねて、仕方なくだよ。
もちろん、戦時とはいえ貴族をぶん殴って無事で済むはずもない。
終戦後、僕は件の貴族から問題提起され査問会を受けた。
その際、当時の支部長が「アレは自然災害の暴風だから仕方ない。」と、かばってくださって降格処分と左遷だけですんだのだ。
まったく、人をアレとか暴風呼ばわりするとは何事ですか!
当時は、そう思い大いに憤慨したけど、支部長の僕を庇う為の方便だったのだろう。
普通、貴族を殴ったら死刑にされてもおかしくないからね。
支部長は僕を庇って温情ある処分を引き出してくれたんだ。
支部長は、僕自身、数える程しか会った事の無い方だけど、豪快かつ公正で情け深い人であると評判の良い方だった。
さもあらん。
そんなに親しくも無い僕を、庇ってくれる程のお人だからね。
足を向けては、寝られないよ。
支部長とは親交は無かったけど、今でも僕は感謝の気持ちを毎年、年賀状に綴り勝手に送っている。
けれども、支部長の言葉を元にして、テンペスト、ストーム、トルネード等の異名が、僕に着いてしまった。
…甚だ不本意である。
それ以来、噂が尾ひれを付けて、独り歩きしてしまっている状況なのです。
「ありゃー痛快でした。…ククク、俺は見てて胸がスカッとしましたぜ。あの金星には皆、被害を受けてましたからね。テンペスト軍曹殿、俺の名前はセイロンといいます。宜しくお願いしますぜ。」
いかにもベテランの黒星が自己紹介してくる。
ぬぬ。まさか、件の目撃者に遭遇するとは。
不祥事には違いないので、そんなふうに言われると、恥ずかしい。
僕は、あまり目立ちたくないのだ。
「セイロン、運転に集中しろ、それと殿はいらないし、私は青星一だから伍長か名前のアールグレイで呼べば良い」
「了解です。アールグレイ・テンペスト軍曹。」
どうやら、セイロンは半分だけ了解してくれたらしい。
それと僕の名字はテンペストじゃないよ!わざとか?
セイロン、おまえ、わざとなのか?
チョムカです。
この同僚のデータを、端末から急いで目を通す。
名前はルフナ・セイロン。
概略ながら、…そうそうたる経歴の持ち主でした。
僕の大先輩で、若く見えるけど僕よりだいぶ歳上です。
何で未だに黒星なのか不思議です。
でも、そんなの関係無いものね。
「セイロン、どうやら黒星の中で貴様が最先任らしいな。兵長として仕切って、私の補助を頼む。」
「あー、了解しました。」
セイロンは了解しながらも楽しそうに笑っている。
いささか僕にしては、意地の悪い言い回しをしてしまったけど、これは僕をテンペスト呼びした意趣返しである。
今回の臨時部隊の兵長にして仕事を押し付けてやるのだよ。
さあ、僕の手足となって働くのだ、セイロン兵長。
セイロンは、コミュニケーション能力が高いらしい。
この後も車内で会話の応酬が続く。
隣りで僕に対し一旦は引いていた若い黒星や助手席の黒星もリラックスして会話に加わりだした。
僕だけでは、こうはいかない。
そうこうしている内に、目的地についた。