鏡の中のアールグレイ②
アプル・モーニン・フォーチュン准尉。
嘘みたいな名前です。
前世で古代E語を、多少かじっている僕からしてみたらその意味は、幸運な朝林檎、に聞こえる。
しかし、失礼に当たるから、聞くことはしない。
勤務外で、知り合いに声を掛けるのは、心理的に僕にはハードルが高い。
この様な心持ちは、僕と同様の人にしか分からぬであろう。
いつもなら偶然に知り合いに出会うと躊躇してしまうが、今日の僕は、目的があるので、コチラから積極的に声を掛けることにした。
「やあやあ、そこにいるのは、フォーチュン准尉ではないですか?…おはようごさいます。」
わざとらしく気やすさを装ったが、礼儀にかなうか気になり、…挨拶を励行してしまった。
総じて不自然な気もしないではないが、概ね許容範囲であろうと、気にしないことにする。
もっとも、時間的には昼近くなので、おはようございますは、不適当ではないかと、言った後で気づく。
こちらを振り向くフォーチュン君。
…
男にしては小柄ながら、均整のとれた身体つきで、端正な顔つきである。
…少しドキッとする。
服の上からは分からぬけれども、今まで観てきた彼の豹のような静かで、時には激しい動きから、それ相応の柔らかい筋肉質であると分かる。
逞しさと可愛いさがバランス良く混じりあい、一般的にかなり格好良い部類に入るのではなかろうか?
輝く金髪が前に垂れて目元を隠しているので、今一つ顔の造形が分からぬけども。
… …
うん…鬱陶しいから、君、前髪切りなさい。
友好的に笑顔を作りながら、内心で突っ込む。
もっとも、目は口ほどに物を言うというから、彼はわざと隠しているのかもしれない。
人には様々な事情があるに違いので、僕は一概に他人はこうであると断定はしないし、口にも出さない。
余計なお世話であるし。
だから、僕は内心のほぼ10割は口には出さないのだ。
仕事中以外の普段の僕は、総じて、必要事項の伝達以外は無口です。
しかし、今は目的があるので別である。
慣れないながら積極的に関わって行こう。
「今日は良い天気だね。体調はどうかな?」
話し掛けるに、障りない天気の話は定番です。
宗教や政治の話は、不適当とされているから、触れないように。
話し掛けながら、流し目で、それとなくポーズを取ってみたりする。
そう、僕の狙いは、フォーチュン君で、僕の魅力度を測るのだ。
自分では可愛いと思えても、主観が100%入ってるので、断定出来ない。
もし、間違っていたら、かなり恥ずかしいから。
どうだ!僕の魅力のほどは…?
フォーチュン君は、自動販売機の取り出し口から、取り出した缶を握り締めて、ボーとこちらを観ているだけで、反応を示さない。
あれ?効かないのかな…?
ポーズをつけるのも恥ずかしいのですけど。
僕が異性から魅力的かの客観的な判断材料収集のため、ちょっとリアクションが欲しいところではある。
寝起きで、反応が鈍いのかも。
あまりの反応の鈍さに、もしかしたら、具合が悪いのかもと…思い直す。
「フォーチュン准尉、大丈夫かい?」
近づいて、掌で額を触ってみる。
うん、ちょっと熱っぽいかもと思っていたら、手を払われた。
「…少尉殿、大丈夫ですから!」
ザサッと引かれる。
むむ、彼のパーソナルスペースを侵してしまいましたか?
しかし、今のは医療的見地からの行動ですから、御勘弁願いたい。
引けば、追うは人情です。
僕は、すかさず縮地歩法で空いた間を詰めた。
脳裏には、独りよがりで無理をして、少し前に高熱を出して倒れてしまった僕がいる。
あんなツラい思いをフォーチュン君にはしてほしくないのだ。
そう、フォーチュン君は、性向が僕に、なんとなく似ている気がする…ツラくても苦しくとも誰にも言わずに黙って我慢するとことか。
…以前、僕の窮地に損得考えずに、赤龍の右眼を遠距離射撃でぶち抜いて救けてくれたし。
…
下世話な話だが、あの魔法弾は、かなりお値段が張ったに違いない。
僕なら、ちょっと躊躇しちゃうほどです。
…
もし、あの後、僕が赤龍を倒さなければ、復讐の怒りに燃えた赤龍は、フォーチュン君を襲ったに違いない。
危険を省みずに、赤の他人を救けるなど馬鹿のすること。
…いやはや、本当に馬鹿だよ。
ルフナといい、フォーチュン君といい、僕の周りは馬鹿ばっかりだから、僕が、その分しっかりしなければね。
でも…そんな馬鹿を、僕は嫌いにはなれない。
接近して来た僕にギョッと慌てる様子を見せるフォーチュン君が、面白い。
前髪を掻き上げて、額の熱を測るついでに、目元を含む顔も、見てみようかしら?
すると、僕の目前にフォーチュン君が握り締めていた缶が突き出された。
ん?
オレンジジュースの缶です。
「こ、これを…差しあげます。」
え!僕に…何で?
僕の疑問を浮かべた表情を察したように、フォーチュン君は言葉を紡いだ。
「美しいレディには、男は皆、贈り物を捧げたいものなのです。どうか私の気持ちで、喉を潤していただきたい。」
片膝を着けて格好つけて、どうぞと、僕の手の平に、件のオレンジを手渡す。
僕…美しいレディ?!
…
その言葉にホワッと考えこんでいたら、いつの間にかフォーチュン君は、目前から華麗に消えていた。
あれ?
…遠くに視線を点ずれば…男子寮の方へ駆け抜けてくフォーチュン君の後ろ姿が小さく見えた。
…
…フォーチュン君てば、この僕の虚を突くとは、なかなかやりますね。
けど、あの元気さならば、体調は平気なのでしょう。
しかし、この場合、彼の言葉の真偽の問題が残ってしまった。
僕から逃げる為の嘘なのか…はたまた本当に正直に僕の容姿を誉めてくれたのか…?
フォーチュンがくれたオレンジジュースの缶をジッと見詰める。
… … …
まあ…いっか…。
なんとなく機嫌を良くして、足軽く部屋に戻る。
…因みに貰ったオレンジジュースは大切にしまっていたら、いつの間にか、ペンペン様に飲まれてしまった。