ペテルギウス、憤る
船が本土の波止場から離岸した時、ホッとした。
次の瞬間、ホッとしたことに疑問を抱いた。
何故?
全てわたしの予定通りだ。
[暴風]は、行ったっきり帰って来なかった。
[暴風]が、折り返し地点を出発したと聞き、まさか、戻ってくるかと心の何処で可能性を考えていた…それが計画通りになった結果にホッとしたのだと理解する。
だが次に、言いしれぬ不安感のような、落胆のような、苛つきのような分からない感情が頭をもたげた。
[暴風]の仲間が一人迎えに出て行ったが、そいつも戻って来なかった。
失格になると分かっていて、尚も仲間を迎えに飛び出して行った一人だけ。
…嫌いじゃないね。
なかなか男気があるじゃないか。
惜しい気持ちがある。
同時に、そんな仲間を持った[暴風]にも興味が生まれた。
だが、自分が決めたルールは曲げられない。
船に乗船が間に合わなければ、二人とも失格だ。
…
何なんだ…このイラだだしい気持ちは?
だいたい何故仲間が窮地だというのに、一人以外、誰も助けにいかんのか!
その一人が失格になり、ヌクヌクと残った腑抜け共が合格かぁ?!
足音を荒立てて、甲板から、艦橋に入り中央の椅子にドカッと座る。
この船は指揮艦を務めるほどに大きく、今わたしが座ったのは、提督椅子だ。
だが椅子に座り落ち着こうとしても、イライラは晴れなかった。
オクタマ湖の折り返し地点に派遣した教官からは、[暴風]が、辿りつき、立てない程の高熱を発しても、リタイアをせずに、よろめきながらも歩いて行ったと報告があった。
おい…普通、そこはリタイアだろ。
講堂で見た、清楚で儚い、でも優美な少女の身姿を思い出す。
…あんな儚げな印象なのに。
あの時点での[暴風]の立場からしてみたら、間に合わないし、無駄な足掻きになるはず、ましてや途中で倒れ、救援は来ない最悪の事態になるのは予想できたはず。
それでも、敢えて行くとは…。
…
なんてヤツだ!
失格だ!失格!
引き際を違えるとは、士官失格だ!
…
だいたいが、ブルーからのレッド昇格制度自体わたしは気に入らなかった。
人は分を知って、その位置が幸せなのさ。
平民が貴族の真似事しても務まらない。
本来、平民の下士官に貴族たる士官の代わりは務まらない。
まあ…確かに例外はいる。
だが、そういう貴族に匹敵する実力も覚悟もあるヤツは、放っておいても勝手に上がって来るものなのさ。
わざわさ、安楽な制度を作ってやる必要はない。
この制度は、あのダージリンの企画構想をジーニアスが現実的に修正発案したと聞いた。
ダージリンは、ギルドの古狸共を籠絡して、ギルド内に政治的な一派を作りつつある。
わたしにはない、あいつらの企画、発案、推進力は、なかなか大したものだ。
ならば、何故、わたしに声を掛けない?
強さといい、迫力といい、魅力といい、組織の看板たり得る大役は、私以外にないだろうが?
「…そうだろう?」
わたしが、論理的に心の中の声を大にして言って船長に同意を求めると、船長は恭しく頭をわたしに垂れた。
…
あああ、心の広いわたしならばー、ダージリンから、どうしてもとお願いすれば、名目上でも党首となってやってもよかったのに。
わたしに声も掛けず、了承もしてないのに、裏側からコソコソ動かれるのが、わたしは一番気に入らないのだ。
その制度の結果のエセレッドどもの第一陣が、わたしの勤務地である学舎に来た!
…気に入らないねぇ。
嗚呼、まったく気に入らないねぇ。
あの二人が失格ならば、おめおめ帰ってきた他の腑抜けどもは、大失格だ!
出来得るならば、全員ブルーに落としてやりたい。
…
そうね。
普通の訓練過程すら、耐えられず、落第するようならば、レッドたる資格はないでしょう。
…地獄に落としてやるよ。
出なければ、わたしのこのイライラは晴れそうにない。