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アールグレイの日常  作者: さくら
アールグレイ士官学校入校する
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ルフナ・セイロンは決断する

 俺が這々(ほうほう)(てい)で船に辿り着き、船室で休んでいると、マリアージュ准尉がやって来て少尉殿がまだ戻らぬと聞いた。

 マリアージュ准尉とは、ショコラ・マリアージュ・エペ侯爵令嬢のことで女子の中では、殊の外少尉殿と仲が良いのは知っている。

 少尉殿の御友人で、僭越ながら俺の同期生でもあるので、割と気安く声を掛けることが出来る仲だ。


 ハクバ山探索の際、模擬試合で繰り返し闘った事があるが、その戦闘スタイルは、本人曰く回避防御型、但し、少尉殿の指導が介在してからは、最終的には超接近戦まで踏み込んでいく回避攻撃型に変化した。

 こちらの攻撃をヒラリと躱して間合いにスルリ入り、即、雷のような攻撃が雨霰と降り注ぐのだ。

 最終日、初見時には、驚きてその手数に押し負けてしまった。

 個人レベルでも充分強いが、俺が思うに彼女が、本領を発揮するのは、俺のような一兵卒との闘いではなく、戦術・戦略レベル、はたまた政略レベルかもしれない。

 背格好は女性としては普通で均整のとれたそのプロポーションは少尉殿と遜色なく、対面すると目のやり場に困る。

 美人なのは間違いなく上品で柔らかな余裕ある対応は高位貴族のお嬢様に相応しく、他の貴族女子達のリーダー格。

 可愛い見た目だけでなく、優しい対応、明晰な判断、ブレない強い決断は、指揮官として優秀で頼りになる。

 貴族にしては優しいのが欠点だが、貴族子女としては、ほぼ完璧なお嬢様である。

 だが、こと少尉殿の件に関すると、突っ走る傾向がある…それだけ大事に思ってくれてるのだろう。


 陽が落ちて、大分時が経っている。

 大概の者達は、船に戻って来ていた。

 たから、少尉殿を心配するマリアージュ准尉の心配具合の程は、俺にも分かる。

 この後、皆で集まって会議に掛けると言う。

 俺にも否やはない。





 会議は、マリアージュ准尉が使用している船室で開催された。

 理由は単にこの部屋が一番広かったからだ。

 何しろ、船長室より広いのだが、それでも、この大人数が入ると狭く感じる。

 会議のメンバーは、マリアージュ准尉を議長としたハクバ山探索時の同期生メンバー、獣人族の王族と大戦士、あと少尉殿の同居室の3人の合計14人。

 議長席の両隣には、獣人族の王族のシンバ王女とオリッサ少尉が座っている。

 今回は、仕事ではなく少尉殿を心配した勇士による会合であるから、発起人であり身分の最高位であるマリアージュ准尉が議長席に、次席には、獣人族では王族ではあるが都市政府的には辺境伯爵待遇の子女であるシンバと、階級的に最上位であるオリッサ少尉を据えたのだろう。

 席次に関して、この様にあらかじめ問題なく決めてもらえると助かる。

 俺は全く気にしないが、体面を気にする貴族間では気にしなければならないこともあるだろう。


 会議では、マリアージュ准尉の議事進行により、まず皆から見た少尉殿の様子が語られた。

 やはり、皆、気になっていたらしい。

 そして、その様子から、皆で事実を立てていく。


 俯いた姿勢、一度も立ち上がった姿を見た者がなく、発汗していた、声が掠れていた…等々の証言から少尉殿の体調が最悪であり、風邪を拗らせて、高熱を発して、立てない程であることが推測された。

 これは、オリッサ少尉の10年近い少尉殿に対する観察結果とも矛盾はなく信憑性は高い。


 そこまで分かっているのなら、何故助けなかったかと、非難的に皆からオリッサ少尉に尋ねたところ、少尉殿は、昔から体調的な窮地には、「これが僕の普通である。」として意固地なまでに頑固で、助けを断り、自分で何とかしてしまうらしいのだ。

 以前、助けを無理強いして、嫌われた過去歴を持つという。「また、嫌われたくなかったのだ。」とボソリと寂しそうに呟いていた。


 そうか…無理強いして助けると嫌われてしまうのか…誰もオリッサ少尉を責められない。


 3人よれば文殊の智慧と言うが、会議のお陰で少尉殿の現状は、およそ判明できた。

 ならば、あとは助けに行くまで!


 だが、ここで皆が皆、黙ってしまった。


 確かに全員で助けに行く必要はない。

 多分、全員が其々助けに行きたいと思っているに違いない、そのための沈黙であろうと俺は解した。

 だが、俺も譲る気はない。

 「俺が、今から助けに行く!」

 発言した俺に、会議出席した無言の全員の視線が、俺に集まったのが分かった。


 …緊張感ある沈黙が流れた。


 …

 

 しばらくして、オリッサ少尉が聞いてきた。

 「…無駄足かもしれんぞ。既に教官に保護されてるかもしれん。」

 

 「少尉殿が保護されているのなら、船にいる教官から連絡があるはずだろう?」

 

 オリッサ少尉は、俺の返答に頷きながら真剣な顔つきと厳しめの声で、尚も俺に質問して来た。

 「…かもしれん。そうじゃないかもしれん。だが今からオクタマ湖まで迎えに行ったら、確実にタイムオーバーで2人とも失格じゃ。アールのことだから、出立したお主とすれ違いで着くかもしれん。そうしたらお主だけレッド失格の烙印を押されて、講習から外されるじゃろ。最悪降格もありうるかもしれんぞ?」


 …


 それがどうしたんだ?

 「構わん、レッドなんてどうでもいい、失格でもなんとでもしてくれ。俺は、少尉殿を助けに行く。」


  俺の発言に、今度は、先程とは違う奇妙な沈黙が流れた…。


 …


 ここで俺は、俺の発言が、彼らが努力と実績で勝ち取った階級を蔑ろにしたと取られかねない事に気づいた。

 「ああ…気を悪くしないでくれ、別にレッドの階級を軽視してるわけじゃない…ただ俺は少尉殿の事が…」

 ここで今まで黙っていた獅子王族のシンバが俺の発言を遮った。

 「…分かっておる。皆まで言うな!フンッ、ヒト族の雄も、なかなか大した者じゃな。」


 …


 先程まで緊張感に孕んだ会議場が、今ではすっかり緩み、誰もが俺の肩を叩いて、俺が助けに向かうことを委ねてくれた。

 …よし!

 だが、本当は皆も少尉殿を助けに行きたいだろうに、俺に譲ってくれるとは、何て良いやつらなんだ。


 俺は、バックアップの窓口としてマリアージュ准尉を指定されて、彼女と打ち合わせを短時間で済ませると些少の準備をしてから、皆に見送られながら、暗闇の道を出発した。





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