寝惚け眼のアールグレイ
…揺られて眠っていたらしい。
辺りは、まだ暗い。
意識が些少醒めると、そんな風に思った。
涙した跡があると感じたので、指先で、その跡を拭う。
僕の今の意識出力は10%くらい…子供なみに弱い意識状態。
意識の大半を休眠状態で回復に費やしているのです。
彼の背中に頭をもたげる。
誰だが知らないが、この際、運んでもらおう。
実に楽チンである。
因みに僕は、まだトレイルを諦めていない。
覚醒した僕に気づいたのか、僕を背負ってくれた彼が、問いかけて来て、その正体が分かった。
「…少尉殿、大丈夫ですか?」
ああ…ルフナの声だ…ならば安心か。
ぐったりとして重心を全部彼にかける。
高熱で頭も身体もグッタリだけど、でも痛み止めを飲んで薬が効いたのか、全身を斧で常時斬り裂かれるような痛みは我慢できる程度にはなりました。
そう、僕が気を抜いたら意識が飛びました。
・ー・ー・ー・
…全身が汗で気持ち悪い事に気付く。
「ルフナ…ストップ、降ろして…。」
僕は、ルフナに指示して道の脇の樹木の影に優しく降ろしてもらうと、僕はその場でバッグから替えの下着を取り出して、着替え始めた。
ルフナが途端に、慌てて明後日の方を向くのを目の端に、僕は裸になった。
どうせ、この暗がりで見えることはないだろうに、律儀だなぁ。
僕の出力は、まだ15%辺りかな…?
身体が病に慣れたのか、安静にしてたのが効果あったのか体調は底を打ちそうな気がする。
高熱で熱った身体に夜風が気持ちよい。
だが、このままではマズイ気がするので、新しい下着に脚を通した。
下着をちゃんと着て、軽装着をまた着ると、頑なに明後日の方を直立不動でいるルフナの袖をチョイチョイ引っ張る。
こちらを振り向いたルフナを見上げ、両手を伸ばして、僕は満面の笑みで言った。
「…オンブして。」
・ー・ー・ー・
次に気が付いた時は、朝焼けに染まる空を見上げた時。
風が吹き、潮の匂いがした。
接しているルフナの背中が熱い。
ああ…彼は一晩中、僕を抱えて走り通したのだ。
彼の息遣いが荒い。
…
心臓の辺りがキュッとくるおしくなる。
ああ、僕、ルフナに申し訳なくて心が痛い。
そう思う証拠に、僕の心臓もドキドキしてるし。
船の汽笛が遠くで鳴っている。
やがて、朝焼けの空に鴎が何羽も舞っているのが見えた。
…もう直ぐだ。
もう、間も無く港に着くだろう。
橋桁を登って、乗船すれば終了だ。
ルフナの走るスピードが上がった。
息遣いが荒く、苦しいのが分かる。
一晩中、僕を抱えて川沿いを山の麓から走破して、最後の最後でスタートダッシュだ。
苦しくないはずがない。
でも今の僕では、走ることすらままならない。
今は、ルフナに頼るしかない。
走ってる間、船の汽笛が何度も何度も狂ったように鳴った。
…
ルフナは、途中、脚をもつれさせながらも、最後まで走り抜いた。
だが、僕たちが苦労して着いた波止場には、既に船の姿はなく、出航した直後の船が港を遠ざかりつつあった。
甲板で、僕の名前を叫ぶショコラちゃん達が居たのが、まだ目視で見えた。
ああ…僕とルフナは、船に乗ることは出来なかったのだ。