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アールグレイの日常  作者: さくら
アールグレイ士官学校入校する
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侯爵家の息子の日常⑥

 「なあ、アッシュ、今期は豊作らしいぞ!」

 学校長の素晴らしい祝福の言葉を聞いた後、俺達は、オクタマ湖折返しトレイルの準備をしてから船に乗った。

 今は、甲板の上で、潮風に吹かれながら景色を眺めている。

 今、俺に言ってきたのは、同部屋のドッグヘッド。

 その名の通り犬の獣人で、コイツとは部屋で一悶着あり、罵り合って殴り合ってからは、和解もしてないのだが、遠慮なく言い合うようになった。

 因みにアッシュとは、俺のことらしい。

 多分、頭髪の色から取ったのだろう。

 だから、俺も、コイツのことはドッグと呼び捨てにしている。

 何のことやらと、ドッグの視線の先を辿ると、色とりどりの綺麗な花々が咲いているかの如く、同期の女性士官らが集まって景色に嬌声を上げていた。

 現場のギルド員の、ほぼ9割は男が占めている状況を考えると、今期生の女子率は異常に高い。

 過半数を越えないまでも、半数に近い割合を占めている。

 しかも、皆が皆タイプは違えど美人・美少女揃いで、選考基準に美しさも入っているのかと勘違いしそうなほど。

 

 …なるほど、豊作も豊作、大豊作に違いない。


 もし俺が見習いに付いた婚期を逃したブルーのオッサンに、現状を話したら、きっと嫉妬と羨望で首を締め上げられそうで怖い。

 ドッグは、今朝とは一転違ったニコニコ顔で、尻尾をクルクル回しながら、その様子を眺めている。


 「いやはや…講習の場で女に(うつつ)を抜かすとは、余裕ですね、ドッグさん。」

 彼女の姿を、期待しそれとなく探しつつ、見つからなかった腹いせにドッグに言ったのは、勿論嫌味だ。

 どうやら、彼女は下の階にいるようだな。


 そして、ドッグには俺の嫌味は通じなかったようだ。

 「おうよ、考えてもみろよ。ここには俺達に見合った実力の娘っ子が、より取り見取りで沢山いるんだぜ。こんな大チャンス俺の人生にもう無いかもしれん。俺は自分のタイプを見つけたらガンガン行って、捕まえて来るぜ。」

 おまえ、そんな女性を獲物のように表現するとは、品がないぞ。

 内心彼女をも貶めらたように感じられて不愉快になったが、表情に出たのを察したのかドッグらしからぬ補足説明があった。

 「アッシュよう、獣人族が(つがい)を選ぶのは、最終的には女が男を選ぶんだ、無理強いはねえ。男はよー、自分が選ばれるために魅力を精一杯アピールするしかないんだよぅ。野蛮で不実な求婚行為を盛んにするような人族と一緒にするなよ!」


 ドッグの尻尾がダラリと下がり哀愁を帯びているかのように感ずるのは気のせいだろうか?

 「なら…女性が人族の場合は?」

 頭に浮かんだ疑問をそのまま口に出す。

 ドッグは、こちらをチラッと見てから答えた。

 「安心しろ…もし相手が人族だったとしても、俺の行動は変わらん。ほらほら、お前の獲物が来たぞ!ありゃ、大物だぁ、とてもじゃねえが俺の手には負えねぇ。…オマエ、凄いな。大物過ぎるにも程があるぜ。」

 

 ドッグが話している途中から、下からの鉄階段から、カンカンと軽く、誰かが登って来る音がして、観ていたら、漆黒の頭髪がまず見えて、軽装備に身を包んでいる彼女の輝くような身姿が現れた。

 表情は、自然でリラックスしてるように感じる。

 俺には、周りに優しげな後光を放っているように見えた。

 引き連れて来た配下も多岐に渡り、犬族の大戦士、豪華な金髪を今は一つにまとめて後ろに垂らしている獅子王族の姫、一目で高位貴族と分かる令嬢らや、騎士、魔導師、などなどが彼女の後をゾロゾロ付いて来ていた。

 護衛然として、直近にいる大戦士以外は、全員美人・美少女で、燦然と輝く行列で、目に眩しい。

 

 いつの間にか、ドッグなぞは、(こうべ)を垂れて、両手を合わせて、行列の先頭の彼女を拝んでいる。

 

 いや…気持ちは、分からんでもないが。


 ようやく同じ地表に立てたと思ったが、距離間がハッキリと分かって、逆に遠ざかったように感じた。

 だが、直ぐそこに、生の彼女がいるのだ。


 いるのは分かっているが、眩しくて直視出来ない。


 俺よ!勇気を振り絞れ!


 やあ、久しぶりだね…だ、ダメだ、中止!危険だ。

 もし、ラーメン屋を思い出されたら、最初から嫌われそうだし、かと言って、怪訝な顔されたら、彼女の記憶に無い程に眼中に無かったのが判明して、精神的ショックで、俺の精神が崩壊してしまうかもしれない。


 握り込んだ両手に汗をかいていた。


 もし、目が合って、俺の(よこしま)な心を、その真実を見通すような瞳で看破されたとしたら…恐ろしい…今まで彼女と会えない間、つらい時、苦しいときに慰めてもらおうと、つい想像で彼女を好き勝手にしてしまった経験が、こんなところで妨げとなるとは!…だがバレたら恥ずかしくて、誤魔化す為に大声で喚きながら、もはや、この海に飛び込むしかなくなってしまう。

 そして、海の藻屑となり、俺は消え去るだろう。


 …

 …

 

 …よし!

 いきなり声を掛けるのは危険だ。


 ここは、まず目を慣らすのだ。

 眼を凝らすと、光りの中に可愛らしい身姿が見えた。

 おお…見てるだけで、幸せ感が込み上げる。


 よし!次は耳を慣らそう。

 悪魔の耳(デビルイヤー)発動!

 これは、地獄の99の試練の一つで身に付けた技だ。


 彼女の銀鈴を転がすような涼やかで凛としている愛らしい声が脳に染み透る。 

 耳を澄ませば、癒し系の自然音を聴くように、心が浄化されていくようだ。

 …

 どうやら彼女は、周りに、走る際は、皆ペースが違うのだから、付いてこないように言含めてるよう。

 それは、安易に周りに頼らない彼女の高い志しから来る言葉だから、周りも反対しにくいのだろう。

 俺達の今の身分は、全員一律に講習生だし、彼女の意志は強いから、結果としては、彼女は単独で走ることになりそうだ。

 …

 …ああ、全く、彼女の言葉を聴くだけで心が洗われ、益々惹かれてしまう。

 直ぐに周りに頼り、楽しようとする俺とは大違いだ。

 もっとも人は自分に無いものに惹かれるらしいから、俺の心情は、自然な作用かもしれん。


 しかし、一人か…。

 …

 大丈夫なんだろうが…女の子が一人でな。

 うーん。

 …

 …

 モヤモヤとしたが、勝手に心配するのは、俺の自由だよなと、気持ちに決着をつけた。


 横を見たら、欄干を背にしてドッグが眼を瞑り鼻を彼女の方に伸ばしてクンクンとひくつかせ、だらしなく幸せそうな顔をしていた。


 ?!

 

 むむ…よく分からないが俺も習って、眼を瞑り、鼻をひくつかせて匂いに集中したが、…俺には潮の匂いしかしなかった。

 ムカついて、ヤツの鼻の穴に指を二本突っ込んでやったらケンカになった。

 なんて、怒りっぽいヤツだ。






 

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